聴覚は最後まで残る感覚

死に近い人々は、目を開ける事や話す事ができなくても、耳は聞こえます。聴覚は最後まで残る感覚であることを患者さんのご家族に説明すると、 「どうしてそんなことがわかるのですか? 」としばしば尋ねられます。

死に近い人々は、目を開ける事や話す事ができなくても、耳は聞こえます。聴覚は最後まで残る感覚であることを患者さんのご家族に説明すると、 「どうしてそんなことがわかるのですか? 」としばしば尋ねられます。

これは、ホスピスで働いている人間であれば経験として分かることなのです。私もアメリカのホスピスで10年間音楽療法士として働いている間、この現象を何度も見ました。

音楽療法士としての1年目、働いていたホスピスで患者さんとその方の娘さんに出会いました。ここでは娘さんをグレース、患者さんをアン、と呼ぶことにします。

自己紹介をするために部屋に入ると、アンは目を閉じてベットに横たわり、頭からつま先まで震えていました。娘のグレースは、ベッドの横で泣いていました。母親のこのような姿を見る事が、とても辛かったのでしょう。アンはここ数日間意識がなく、ずっと震えも止まらない状態だと、グレースが泣きながら言いました。

音楽によってアンを安らげる事ができるかもしれないと思い、私はグレースに音楽療法を勧めたのです。するとグレースもそれに同意し、アンが昔から賛美歌が好きだったことを教えてくれました。

私がギターの伴奏で「In The Garden」という賛美歌を歌うと、曲の途中で突然アンが「聞こえる!」と言ったんです。それには、私もグレースもビックリしました。アンはまるでその言葉を放つために、体内に残された全てのエネルギーを使っているかのようでした。

グレイスは椅子から飛び出し、「今聞いた?!」と驚いた顔で私に言いました。その時アンはまだ震えていて目を閉じた状態でしたが、曲の終わりにグレースが「歌、気に入った?」と聞くと、アンは表情を緩やかにし、微笑んだのです。

私は賛美歌を歌い続けました。アメリカでは一番有名といってもいい賛美歌「Amazing Grace」を歌うと、アンがまた「聞こえる!」と言いました。この時のアンの声は最初より鮮明で、たくましいものでした。そして曲の最後には、アンの体の震えがピタッと止まったのです。

穏やかに休むアンを見て、グレースは笑顔で言いました。「私は母が心配で、二日間家に帰ってなかったんです。でも、これで少し安心しました。休息をとりに家に帰ります」

アンは、聴覚が最後まで残っているということを教えてくれた、数多くの患者さんの一人です。大抵の人は死に近い状態で、アンのように音楽が聞こえる事をはっきりと示すことはありませんが、彼らから予想外の反応があることは稀ではありません。

音楽は、死を目前とした患者さんや、その家族の方々に安らぎを与えることができます。聴覚が最後まで残っているということは、ホスピス音楽療法士には重要な役割があるということです。

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