先日の記事、「悲しいのは当たり前?―グリーフについて知らなかった4つのこと」では、大切な人との永遠の別れにともなう深い悲しみ(=グリーフ)について書きました。
グリーフとは、私たちが生きていく上で避けて通れないものです。それを乗り越えていくことに近道はありません。
ですが今日は、私が10年以上ホスピス音楽療法士として活動してきた経験から、グリーフと付き合っていくために知っておいたほうが良いと思う6つのヒントを紹介したいと思います。
ヒント①最初の一年は大きな決断をしない
大切な人を失ったあとは、冷静に物事を考えるのが難しくなります。
なので、しばらくの間は大きな決断をしないことをおすすめします。
家を売る、引っ越す、仕事を変えるなど、家族の死後、大きな決断を迫られるタイミングは何度も訪れるでしょう。
そのときは無理に決断せずに、できることなら1年くらいは待ったほうがいいです。
ヒント②自分に優しくする
グリーフとは、周囲が想像する以上に、当の本人にとっては肉体的にも精神的にも疲れる、苦しい過程となります。すぐにもとの生活に戻れないのは、当たり前です。
何よりも、セルフケア(自分を思いやること)だけは忘れないようにしてください。
記念日や祝日・祭日は、グリーフの渦中にある人にとっては特につらい日になるかもしれません。周りの人がどれだけ誘ってこようとも、自分の気が進まないなら無理に行事に参加する必要はないです。
繰り返しますが、いまは自分に優しくすることを優先してください。
自分の気持ちに素直になって、やりたいと思ったことだけをしましょう。
それは決して自分勝手な行為なのではなく、あなたがグリーフを乗り越えていくために必要なことなのです。
ヒント③感情を殺さない
グリーフの過程において、気持ちを表現することはとても大切です。
あなたが抱えている悲しみも苦しみも、なんらかの形で表現することで、初めて外側に解放され、回復への一歩を踏み出すことができます。
表現といっても、それは言葉である必要はありません。音楽やアート、手紙など、そのような手段を用いることもおすすめします。
ただし、音楽を用いるにあたって注意してほしいのは、誰もがリラックスできる音楽も、誰にでも効く音楽も、存在しないということです。
これを聴けば誰もが悲しみを乗り越えられる。そんな音楽はありません。
音楽への反応は一人ひとり違う。それを覚えておいてください。
アプローチとしては、まず自分が聴きたいと思う音楽を聴くのがシンプルで良いでしょう。
音楽は感情を刺激するものなので、聴いているうちに感情が湧き上がることもあると思います。その場合も、その気持ちを無視したり、押し殺したりしないほうがいいです。
あふれてきた感情をそのままに感じて、受け入れるようにしてみましょう。
涙だって、こらえる必要はありません。いやな気持が浮かんできても、それを無理に矯正しようと思う必要もありません。
喜怒哀楽、さまざまな感情を経験するのはごくごく普通で、とても自然なグリーフの過程なのです。
ヒント④周囲にサポートを求める
グリーフになっているとき、周りのサポートは欠かせません。でも、周りの人はどのようにあなたをサポートしていいかわからないことが多いでしょう。あなたがグリーフに打ちひしがれているとき、周囲の人たちも戸惑っているのです。
あなたが具体的にどうしてほしいのか、それを素直に伝えてあげてください。
たとえば、話を聞いてほしい、法事の準備を手伝ってほしい、家の片づけを手伝ってほしい、など。あなたが何を必要としているかがわかれば、周りの人もサポートしやすくなります。
ちなみに、「喪失の経験」を何度も繰り返し話すというのも、グリーフの症状のひとつです。
故人が死に至った経過、そのときに感じた気持ち。そういった話を何度も周囲に語っている自分に気づく瞬間があるでしょう。
ショックな出来事があったとき、それを受けとめて前に進むまでには、果てしない時間がかかります。だからあなたは、誰かに話をすることによって、受け入れたくない出来事を少しずつ受け入れようとしているのです。
ですから、周りの人にお願いしたいのは、「またその話?」「もうその話は聞いた」などと言わずに、何度でも親身になって耳を傾けてほしいということです。それが当人にとって、大きな支えとなるでしょう。
ヒント⑤同じような経験をした人と知り合う
同じような喪失の経験をした人たちと知り合うことも、心の支えにつながることが多いです。配偶者を亡くした人、子どもを亡くした人。それぞれにしかわからない気持ち、経験した人にしかわからない感情というものは、どうしたってあります。
私も兄を亡くしたあと、同僚からの言葉に励まされました。彼女も若いときにお兄さんを亡くした経験があったのです。彼女は、当時を振り返ってこう言いました。
「兄が死んだことよりも、わが子を失った両親の姿を見ることがつらかった」
それは、私の心境そのものでした。でも、おそらくこれは、兄弟姉妹を失った人にしかわからない気持ちでしょう。
この複雑な感情をわかってくれる人がいるということ。そして、このような経験をしているのは自分だけではない、という事実。それに勇気づけられたのです。
ヒント⑥複雑なグリーフは専門家に頼る
最後に、ときには専門家のサポートを求めることも大切です。
通常のグリーフは時間が経つごとに少しずつ良くなっていきますが、自殺や殺人、大きな災害などによる死別の場合、そのグリーフはとても複雑な経過をたどることがあります。時間が経ってもなかなか症状が改善されず、余計ひどくなる場合もあるのです。
自分も一緒に死にたかったなどと思うようになったり、もう誰も信頼できないと思ったり、月日が経っても故人の死を認めることができなかったり、もしかしたら、亡くなった人の死を自分のせいだと思ってしまうことだってあるかもしれません。
このような症状がある場合は、いち早く専門家の助けを求めてください。
私は、グリーフとは克服(get over)するものではなく、乗り越えていく(get through)ものだと思っています。
大切な人が占めていた心のスペースを埋めることなど、誰にもできません。もう2度と、自分は自分の人生を楽しむことができない。そう感じる時だってあるでしょう。
今回紹介した6つのヒントは、そんな悲しみを帳消しにできるようなものではありません。その悲しみとうまく付き合いながら、生きていくためのヒントなのです。
悲しみとの向き合い方がわかるようになってきたころ、少しずつですが心境の変化を感じる瞬間が訪れると思います。
それまでグリーフを向き合うために費やしていたエネルギーを、他のものごとに注げるようになります。嬉しいことがあったとき、心からその喜びを感じることができるようになるでしょう。たとえそれがほんのひと時であっても、そう感じる時間は徐々に徐々に長くなっていくはずです。
グリーフは、つらく長い道のりです。
それでも、どんなに長い夜も必ず明けるのだということだけは、知っておいてください。
この記事は、『死に逝く人は何を想うのか』(ポプラ社)の一部を編集したものです。
(2017年3月11日 「佐藤由美子の音楽療法日記」より転載)