「緑茶やコーヒーを毎日よく飲む人は、ほとんど飲まない人に比べて心臓や脳血管の病気で死亡する危険性が1〜4割程度低かった」(毎日新聞2015年5月7日)
茶摘みが始まる「八十八夜」の季節、日本中を駆け巡ったニュースに驚かされた人は多いだろう。なにせ、研究結果を発表したのは国立がん研究センターと東京大のチーム。しかも調査対象は日本人の成人約9万人、平均19年間の追跡。身近な飲み物の驚異的な効能が裏付けられた、大規模な調査の結果だ。説得力がある。
いったい緑茶やコーヒーの何が、それほど身体によいのだろう?
「コーヒーに含まれるポリフェノール、緑茶に含まれるカテキンが血圧を下げ、両方に含まれるカフェインが血管や呼吸器の働きをよくしている可能性がある」(朝日新聞2015年5月7日)
朝食時、仕事中、食後。緑茶もコーヒーもよく飲む私だが、ふと疑問が沸いた。
「では、紅茶はどうなの?」
日本で初めてティーバッグの自動包装機を導入し紅茶普及の先駆けとなった老舗企業がある。今年創業90周年を迎えた「神戸紅茶」。神戸・御影の同社を訪ねて下司善久社長にお話を聞いてみた。
神戸紅茶
「ポリフェノール、カテキンやカフェインといった抗酸化物質が身体に良い作用を及ぼすと言われていますよね。緑茶と同じように紅茶にもそうした成分が豊富に含まれています。特に紅茶は抗酸化作用が強い、と言われますが、おそらく渋み成分のせいでしょう」と、下司社長はこう続けた。
「インフルエンザウイルスに対しても、紅茶ポリフェノールが効くことがわかりました。ウイルスは表面にスパイクという突起物があるのですが、紅茶ポリフェノールがそこに作用して感染力を奪ってしまうのです」
神戸紅茶の下司善久社長
また、紅茶に豊富に含まれるテアニンは旨味成分であり、リラックス効果や集中力アップの効果も期待できるらしい。
そうなのだった。
「茶」。そのルーツをたどれば、中国でも日本でもまずは「薬」として飲まれ始めたのだった。ヨーロッパでも同様だ。当初、紅茶は万病に効く『東洋の神秘薬』として紹介され、根を下ろす。
私たちは今、もう一度、「茶」の原点に立ち戻って、茶の葉が持つ神秘的な力を再確認している最中なのだ。
神戸で紅茶が愛されるのには理由があった
では、日本で一番紅茶が消費されている場所はどこかご存じだろうか?
総務省統計局・家計調査を見ると、1世帯あたりの消費量が最も多いのは「神戸」。2位は「横浜」(金額ベース 2012年~2014年平均)。
土地の歴史が、雄弁に物語っている。二つの町はいずれも貿易港として西洋文化が流入してきた窓口だ。
神戸が日本で一番紅茶を多く消費している背景には何があるのか。下司社長に訊ねてみると......
「英国人たちが神戸の旧居留地に商館を建てて移り住んだことに端を発するでしょう。紅茶と焼菓子やケーキ、パン等がセットとなって、人々の暮らしの中に深く根を下ろしました」
神戸旧居留地
たしかに、神戸の街角を歩くとパン屋さんが目立つ。自家製の焼きたてデニッシュ、パン、焼菓子。芳ばしい香りがあちこちから漂ってくる。
高品質の紅茶と美味しい洋菓子やパンは、切り離せないワンセット。
互いに相乗効果を発揮して、相手の良い面を引き出す。それがますます消費を加速させる--という善循環が、神戸という土地に潜んでいそうだ。
「ペアリング」という発想
「紅茶」といえばごく身近な飲み物で、よく知っているつもりでいた。だが、実はよく知らないこと、気付いていないことがたくさん隠れていそうなのだ。
まず、新鮮だったのが「ペアリング」という発想。紅茶は単体で飲むだけでなく、何ととりあわせて楽しむのか、それによって美味しさは千変万化していく、と下司社長。
「ですので積極的にペアリングの提案をしています。例えば、弊社の『ロンドンブレックファスト』は、ケニア高地産茶にコク味のあるアッサムセカンドフラッシュを調合しています。ミルクティー向けのモルティーなブレンドで、パンやチョコレートと相性が良いのです。あるいはタルトやチーズケーキを召し上がる時なら、ケニア高地産茶とセイロンウヴァ茶をブレンドした、鋭角的で爽やかな香りの『クイーンズハイランド』がお勧めです。また、プリンやババロアならば、ベルガモットの香りが豊かで渋味が少ない『アールグレイ』が適うのではないでしょうか」
神戸紅茶店内
相性のよいとりあわせなら、コクもうまみも倍増する。なるほど、ワインとチーズ、抹茶と和菓子のとりあわせにも通じる話だ。
食べ物だけではない。
紅茶と水についても同様のことが言えそうだ。
「日本の水は軟水です。紅茶も、土地の水の個性にピタリとあう調合がある。たとえばヨーロッパを旅行して美味しい、と思った紅茶を現地で買ってきたとしても、日本の水でその美味しさが発揮できないこともあるのです」
軟水と硬水。マグネシウムとカルシウムの量が少ないものを「軟水」と呼び、量の多いものを「硬水」という。それぞれの水に適した調合レシピ、ブレンド具合というものがある。
なるほど。場所や環境によって、何ととりあわせるかによってお茶の味は変わっていく。
「神戸紅茶のテーマは『日本の水にあわせてブレンドする』こと。より美味しい紅茶をみなさんに体験していただきたいと考えています」
紅茶とお菓子、そして紅茶と水のペアリング。
いや、それだけではない。
どんなカップやポットを使って、どんな時間に、誰と楽しむのか。
いかなる季節に、どんな形のテーブルや椅子、どんな雰囲気のテーブルクロスや壁紙の空間でいただくのか......
そう考えると、「紅茶ペアリング」の楽しさは無限に広がっていく。(続く)