中国のネットユーザー数は昨年末に約5億6000万人、そのうちモバイル利用者がその約75%となった。日本の同比率は一昨年末に79.1%(総務省調べ)だったので、中国でも割合では日本並みのモバイルネット時代に突入したといえる。
そこで最近の話題は「微信」だ。「LINE」によく似た、双方向コミュニケーションツール無料のチャットアプリである。LINEは1億5000万ユーザーを突破して話題になったが、微信ユーザーは今年1月にすでに3億人を突破し、4億人に近づいている。
微信はLINEのように直接通話はできないが、メッセージと録音機能を利用した間接通話が人気を集めている。「経済観察報」の試算によると、3G回線を利用した10分間の通話費用と、微信のインターネット回線(パケット通信)を使った10分間の間接通話費用を比べると、微信は10分の1弱で済む。実際に通信キャリアの収入源である携帯通話とショートメッセージサービスの売上が減少してきているとされる。
だが、そこに3月末、工業及び情報産業を管轄する工業情報化相が、「通信キャリアによる微信への課金要求を調整中だ」と語ったことで大論争が勃発した。
実はこれに先駆けて、通信キャリア各社が「微信利用の激増でパケット通信回線が微信に占領され、その他の利用に影響が出ている」と、微信を運営するポータルサイト「騰訊」から微信の費用を徴収すべきだとの声が上がっていた。
しかし、これまでスマホの通信環境さえ整えれば完全無料で微信を利用できていたユーザーからは当然、激しい非難が湧き起こった。さらにIT業界関係者からは、有料化を口にしたのが「微信」を運営するウェブポータル企業の騰訊ではなく、「業界管轄行政機関トップが通信キャリア側の利益を保護するような発言をすること」を疑問視する声もある。
もともと通信キャリアは情報流通に神経をとがらせる政府の厳しい管理下にあり、そのため政府との親和性が高い。大きな力を持つ彼らが同舟し、民間企業のアプリ提供者に「分け前よこせ」と圧力をかけている図式だと市民は感じている。
さらに加えて、国営テレビ局の中央電視台が「ドイツ製微信も有料だ」と中国国産マイクロブログでつぶやいたことも火に油を注いだ。
ここでいう「ドイツ製微信」とは欧米で人気の「WhatsApp」のこと。だが、中国在住ドイツ人青年が「確かにWhatsAppは有料。ダウンロード時に89セント支払う。でもその後は1セントも必要ない。89セントって1ユーロでお釣りが来る額だぜ」と中国語で反論。あわせて中国人ユーザーからも、「もしドイツを引き合いに出すなら、ドイツの政府指導者が民選だってことも学べば?」と嘲笑され、人気作家の李承鵬氏は「(官吏は)サービスよりもカネをとることばかり目指す。奴らの体には一人一人、クレジットカード読み取り機がついている」と皮肉った。
3大通信キャリアは過去それぞれ同様のチャットアプリサービスを推進したが、微信ほどの成功には至らなかった。微信のあまりの人気にジェラシーを感じているという説もある。
さらにもうひとつ、ちょうどジャーナリストたちが所属メディアで発信できない裏事情を微信を使って個人メディアとして配信するのが流行り始めていることとも関係しているのでは、と見る向きもある。
「自媒体」と呼ばれるそれは、ブログや微博が厳しく監視される中、微信ユーザーの拡大に伴って今後の成長、及び有料化(ジャーナリストたちの収入源にも)が期待されている。
折しも、サービス問題で叩かれたアップルに対するアプリ検閲、そしてジャーナリストのネット利用規制強化などが暴露されており、間違いなく政府は次々とネット言論の監視に力を入れていることが明らかになっている。微信有料化発言の魂胆はどこにあるのか、これからゆっくりと明らかになってくるはずだ。
(「週刊ダイヤモンド」5月11日合併特大号から転載)