薬剤耐性菌を減らす取り組み 信頼関係を大切に

たしかに、抗菌薬の「使いすぎ」や「不適切な使用」によって、これら薬剤に対する「耐性」を獲得した細菌が世界的に増えています。

先月開催された日本感染症学会と日本化学療法学会の合同学会において、厚生労働省の塩崎大臣が薬剤耐性菌への対策について講演されました。

大臣は、日本の対応が遅れを取っている状況を説明し、対策を推進することの必要性を訴えています。大切なことですね。たしかに、抗菌薬の「使いすぎ」や「不適切な使用」によって、これら薬剤に対する「耐性」を獲得した細菌が世界的に増えています。とくに、医療アクセスが整備されている日本では、薬剤耐性菌の拡大が深刻な問題となりつつあります。

昨年4月には、ついに日本として初めての行動計画となる「薬剤耐性(AMR)アクションプラン」が策定されました。このなかでは、薬剤耐性菌を生み出す原因とされる抗菌薬の不適切な使用について継続的に監視(モニタリング)することなどが示されています。

さらに、抗菌薬の使用量について数値目標が設定されました。国内で特に処方の多い経口セファロスポリン、フルオロキノロン、マクロライド系薬の使用量を2020年までに2013年と比して50%減らし、静注抗菌薬については20%減らし、全体で33%を減らしてゆくと明記されたのです。

さて、講演では、塩崎大臣が「手引きやガイドラインを出すだけでは目標の達成は難しい」とし、レセプト審査の強化によって処方を適正化する考え方について言及したそうです。風邪やインフルエンザに抗菌薬を処方するなど不適切な診療については、その保険者からの報酬支払いを拒否するといった対応を示唆したものです。

う~ん、このあたりから、ちょっと不安になりますね。

不適切な抗菌薬使用を減らしてゆくことは大切です。数値目標を掲げるのもアクションプランには欠かせないことです。PDCAサイクルを回してゆくためにも、何らかの指標は必要でしょう。けれども、えてして行政まかせにしていると、数値を達成することが目的化してしまうので注意が必要です。

数値を達成するのは結果であって、大切なのはプロセスです。レセプト審査で現場を締め上げて処方量を削らせ、その結果として数値が達成されたとしても、それは抗菌薬の適正使用とは呼べないはずです。医師が自らの専門性に基づいて適切に抗菌薬を選択し、その医師からの説明に患者が納得すること。こうした信頼関係が何より大切なんです。ここをすっ飛ばして、「処方できないから、処方しませんよ」では不満は高まるばかりです。

それに、単に抗菌薬を使わないようにすれば、薬剤耐性菌が根絶できるわけではありません。現代の医療において抗菌薬は基本的な医薬品であり、とくに人口の高齢化や医療の高度化によって、免疫の低下した人々が増加しているわけですから、全国一律の診療報酬制度によって抗菌薬使用を制御できると考えるのは誤りです。個別の患者さんと向かい合いながら、医師が自らの責任で安全かつ適正に抗菌薬を選択してゆくことが大切です。

もうひとつ、落とし穴があります。それは、レセプトに記載されている診断名が正しいとは限らないということ。実際のところ、医師は誤診しています。東大の冲中教授が、1963年の最終講義で、臨床診断と病理解剖の結果を比較し、自身の教授在任中の誤診率を「14.2%」と発表したのは有名なエピソードですが、まあ、東大教授からプライマリの現場に至るまで、みんな誤診しているんです。そして、優れた医師とは「誤診しない」のではなく、「誤診している可能性に配慮しつつ」治療方針を立てているのです。

レセプト審査により処方制限をかけるというのは、レセプトに記載されている診断名が正しいという前提に立っています。でも、実際の臨床では、「ウイルス感染(風邪)に心不全の増悪が重なっていると思うけど、糖尿病のある後期高齢者だし、ここで肺炎を外していたら重症化させてしまうな。抗菌薬を早めに処方しておこう」といった判断をすることもあります。

風邪の正診率が100%であるならまだしも、病原体の検査やレントゲン撮影が困難な在宅医療など、様々なセッティングにおいて医師は患者さんを守ろうとしています。一律に処方制限する前に、そうした介入によって、どれだけ入院が、死亡数が増えるのかといった検討もあるべきではないかと私は思います。

そして最後に・・・

抗菌薬の処方量を制限することって、とりあえず介入しやすい対策なんですね。そして、コストの削減にもつながる・・・。でも、政府のアクションプランにも示されているように、医師による抗菌薬の適正使用だけでなく、国民への普及・教育、耐性菌への感染予防・管理、診断や治療技術の開発など、薬剤耐性菌の対策は多岐にわたります。

これらのうち、どれが、どれだけ、日本における薬剤耐性菌の拡大防止に貢献するのか明らかになっていないうちに、臨床現場で患者さんを守ろうとしている医師を断罪し、大臣をして「どのようにして医師の行動を変えていくか考える必要がある」と責任を負わせるような言い方をしてほしくありません。

このままでいいと開き直るつもりはありません。医師側も抗菌薬の適正使用に向けて努力すべきですし、反省すべきところは多々あります。ただ、行政と連携して皆保険制度を維持しながら、世界に誇るべき長寿高齢社会を実現してきたという実績もあるのです。住民、そして行政との信頼関係を大切にしながら、薬剤耐性菌に対するアクションプランを実現してゆければと思います。

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