ライザップと行列ができる本屋の共通点。

なぜこの2社はここまで話題になるほど人気が出たのだろうか?
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フィットネスジム・ライザップ(RIZAP)の勢いが止まらない。2012年4月のオープン以来、急激に売り上げを伸ばしているライザップだが、今年1月からTVCMに登場した元プロボクサーで俳優の赤井秀和氏の起用により、知名度は急激にアップした。

株式会社RIZAPの親会社である健康コーポレーションの決算書を見ると、現在公表されている4月から12月末までの売上は、前年度の約109億円から今期は約156億円へ、4割増という凄まじい伸びを見せている(ライザップが属する美容・健康関連のセグメントのみの数字)。

当然の事ながらこの数字にはライザップの成長が大きく影響しているだろう。CM効果により2015年以降の売上はさらに伸びる事は間違いない。東洋経済オンラインによれば、現在6000人の顧客がトレーニングを受け、500人以上が順番待ちをしている状況だという。

■北海道で話題の行列ができる書店。

この話を聞いて自分はつい最近話題になった書店を思い出した。「顧客へのアンケートを元に店主が1万円分の書籍を選んで送る」というユニークなサービスが評判となり、現在600人待ちになっているという、北海道・砂川にある「いわた書店」だ。

両社にはいくつかの共通点がある。平凡な商品・サービスであること、それにも関わらずバカ売れしていることだ。

ライザップはシンプルに説明すればダイエットとトレーニングの個別指導で、際立って特徴のあるビジネスとは言えない。いわた書店に至ってはごく普通の小さな本屋だ。それではなぜこの2社はここまで話題になるほど人気が出たのだろうか?

■「モノ」と「サービス」の違い。

それはもう一つの共通点を知れば簡単に分かる。モノとサービスのバランスを従来の常識から大きく変えたからだ。

ここでいう「モノ」とは、大量生産や個別性が無いという意味だ。そして「サービス」は客の希望・受注に合わせて提供するオーダーメイドという意味になる。新しい商品は「モノ」と「サービス」のバランスを変える事によって作ることが出来る。

モノとサービスの分かりやすい比較がユニクロとオーダーメイドの洋服だ。ユニクロはひとつの商品を何万着、何十万着と生産して店頭に山積みする。一方でオーダーメイドの洋服屋はたった1人のためだけに洋服を作る。つまりユニクロは「客が商品に合わせる」、オーダーメイドは「商品を客に合わせる」と言える。

実際にはここまで極端な事例はあまりなく、ほとんどの商品にはモノとサービス両方の要素がある。そして売れる商品は、このモノとサービスのバランスが絶妙にコントロールされた「セミオーダー」となっている。

■アマゾンも提供できない「いわた書店」のサービス。

書店で扱う本はどこで買っても同じモノだ。したがって品揃えが豊富なアマゾンや大型書店が圧勝し、街の小さな書店に勝ち目はない。書籍販売のビジネスでは大量生産のモノしかなく、商品で他社と差別化は出来ない。そこに「あなたのためだけに1万円分の本を選びます」というサービスの要素を加えると、従来の大型書店の品揃えやアマゾンの利便性とは全く違うビジネスになる。

選択された一冊一冊の本はアマゾンでも買えるモノでも、店主が選んだ1万円分の本の選択と組み合わせは他の誰も提供できないサービスだ。つまりモノしかなかった書店ビジネスにサービスを組み合わせた「セミオーダー」という事になる。

アマゾンにもレコメンド(オススメ)機能があるが、この人に選んで欲しい、という要素が加われば誰にも真似の出来ないビジネスになる。本は大量生産されたものでも、どの本を選ぶかという部分ではオリジナリティを出せる。もっと言えば本屋のオリジナリティはもうそこにしかない。

■フィットネスジムのビジネスモデル

ライザップは従来のフィットネスジムと違い「あなたのために専属のトレーナーが短期間でトレーニングと食事を徹底指導します」という仕組みで、2ヵ月で30万円という高単価を実現した。

一般的なフィットネスジムは駅近くの便利な場所にあるビルで、広いフロアを使って多数のトレーニングマシン、ランニングマシン、広いスタジオからプールまで、多額の設備投資ありきのビジネスだ。そして利用者は営業時間中ならばいつでも利用でき、常に多数のスタッフがスタンバイしている。

このビジネスモデルの最大の弱点は、客が居ても居なくても発生する費用、固定費が大きく膨れ上がる事だ。ピーク時とすいている時間帯では客数の差が非常に激しい。

つまりフィットネスジムはある程度ピーク時の客数を前提に、他の時間帯では過剰な設備を準備しておく必要があり、そこに無駄なコストが発生する。結果的に個別サービスに力を入れるコストは売上から捻出できない。マシンの使い方は最低限教えてくれるが、付きっきりのパーソナルトレーニングはオプションとして追加料金が必要となる。

したがってフィットネスジムはサービスの要素が少なく、誰が利用しても同じ設備を使うため「モノ」よりの商品という事になる。

■コストを同業他社の1/10に抑える驚異のイノベーション。

東洋経済オンラインの分析によれば、ライザップの各種コストは他社と比較して半分から1/10と驚異的な数字を示している。

原価は会社公表資料によると、売上高対比で人件費15%(他社20~30%)、地代家賃4%(同20%)、水道光熱費1%(同10%)、設備維持費1%(同5~8%)、店舗減価償却費1%(同7~10%)。いずれも他社より低い。

どんなビジネスでも業種ごとに特有のコスト構造があり、例えばトヨタが日産と比べて製造コストが半分とか1/10ということはあり得ない。ライザップも同様に、一般的なフィットネスジムであれば他社と比べて1/10のコストを実現する事はまず出来ない。つまり、ライザップは他のフィットネスジムと全く異なるビジネスを展開していると考えた方が自然だ。

■固定費ビジネスから逃れるライザップの手法。

ライザップは一人ひとりの顧客に合わせてトレーニングを完全予約制で提供するスタイルだ。広いスペースや大量のマシンは不要で、ピーク・閑散時は予約日時の調整でコントロールできる。つまり稼働率のムラ・無駄も少ない。

そしてここがライザップの上手いところだと思うが、トレーニングには様々なものがあるとはいえ、種類は限られているだろう。食事のアドバイスも同様だ。見たことも聞いたことも無いトレーニングや食事法を一人ひとりに提供しているわけではないはずだ。

つまり、ライザップ・メソッドは高度な物であってもあくまで組み合わせによるセミオーダーであるのに、あなたに合わせた最適なサービスを提供します、という部分を全面に押し出す事でフルオーダーのように演出する事に成功している。これに「必ずダイエットに成功できる!」というブランドイメージも加わる事で30万円という高価格でありながら、行列の出来るジムを実現している。

■ライザップの潔い割り切り方。

ライザップは従来のフィットネスジムをモノよりのビジネスから、サービスへとかなり振り切った商品にして提供した。パーソナルトレーニングに特化して2ヶ月と時間も区切った。長期間会員になってもらうことで元を取るフィットネスジムのビジネスとは全く構造が異なる。

通常のフィットネスジムは会員になれば月1万円も払えば毎日どの時間でも利用する事が出来るが、実際には毎日ジムに通う人は殆ど居ない。つまり、個人個人から見れば、毎日朝から晩まで営業している必要は全くないという事になる。

そこで完全予約制を導入して、いつでも利用できるという要素をバッサリとカットしてコストを下げ、浮いたコストを個別サービスにつぎ込んだ。さらに、客のニーズを「望んだ体型になりたい」という一点に絞って短期間で問題を解決してしまう事でもコストを下げた。

ライザップが2ヶ月で30万円の売上を得るために必要なコストと、フィットネスジムが30ヶ月(2年半)で30万円の売上を得るためのコストはケタが違う。すでに説明したように、30ヶ月も広大なスペースに多数のスタッフとマシンを低い稼働率で準備しておく状況と比べれば、ライザップが低コスト体質になるのも当然ということだ。そして浮いたコストは個別のアドバイスに必要な人材の雇用・育成や広告費につぎ込む。

コストを下げながらメリットを増やす事で、本来は実現が不可能な、高品質と低コストの両立を実現するイノベーションとなっている。そしてこれを可能にしているのがライザップ独自のメソッドとブランド力、という事になるのだろう。

■新商品の作り方。

ではライザップやいわた書店を他社が参考にすることはできないのか? これはモノとサービスの違いが分かれば十分可能だ。

モノは大量生産によって低価格で提供できるが個別性に欠ける。サービスは個別のカスタマイズは得意だが手間がかかるため少量の生産・販売で高価格にせざるを得ない。

単純化して説明すると、モノにサービスの要素を加える、あるいはサービスにモノの要素を加える、という形で従来の常識とは違う形にモノとサービスのバランスを変えてしまう事で、目新しいこと、変わったことをやらずとも新しい商品を作ることは出来てしまう。

商品の低価格化、コモディティ化(オリジナリティの欠如)に悩む経営者はサービス=オーダーメイドの要素を付け加えて単価を上げればいい。手間がかかる高価格の商品を扱う会社は、モノ=大量生産の要素を加えて価格を下げ、大量に販売すればいい。もちろん口で言うほど簡単ではないが、奇抜なアイディアを考えたり、他社の真似をするよりよっぽど売れる商品への近道となる。

自分は普段FPとして、住宅・保険・投資などお金に関するコンサルティングを提供しているが、これはレッスンと相談を組み合わせたものと説明している。レッスンはモノで相談はサービスだ。これを顧客ごとにカスタマイズする事で「限りなくフルオーダーに近いセミオーダー」を実現している。「モノとサービス」という考え方はどんなビジネスにも応用できるという事だ。

■ライザップの弱点とおからクッキー。

ライザップを随分持ち上げるような書き方になったが、パーソナルトレーニングはライザップのオリジナルなビジネスというわけでは無い。ライザップが突出して話題になっている理由は、内容のみならず、リスクを取って店舗を急激に増やし、コストをかけて大々的に宣伝した事が大きな理由だろう。

ライザップは開業以来多数のメディアに取り上げられており、こういったリスクテイクは勝算があっての事に違いはないと思うが、パーソナルトレーニングに大きな需要がある、と最初に気づいて開拓した先行者利益はライザップが独り占めした。しかし、今後は市場が厳しい競争にさらされる事は間違いないだろう。そしてライザップの親会社である健康コーポレーションはかつてそれで倒産寸前の手痛い目にあっている。

健康コーポレーションについては、社名をどこかで聞いたことがあるな......と思っていたが、過去におからクッキーの大ヒットだけで上場し、一本足打法とか一発芸上場と揶揄されていたあの会社じゃないかと気づき、これには非常に驚いた。

2004年におからクッキーを発売し、初年度2500万円の売り上げが2007年にはなんと100億円に到達した。しかし模倣品の登場によって業績は落ち込み、2009年には売り上げが29億円まで急落、ジェットコースターのような上下を見せた。しかしその危機は980円という大赤字で美顔器を売り、専用ジェルで利益を出すというインクジェットプリンター方式のビジネスで乗り切り、業績を急激に回復させる。

■ライザップが打ち出す新機軸は?

過去のビジネスを考えると、おからクッキーから美顔器、そしてフィットネスジムと健康という軸はあるものの、かなり節操が無いようにも見える。しかし、ライザップの大ヒットは優れたビジネスモデルの構築と経営者の嗅覚、そしてリスクを取る姿勢がガッチリと組み合わさった結果だと言えるだろう。

今後の課題は思った以上に鉱脈が大きいと気づいた同業他社や新規参入者が攻勢をかけてくる点だろう。自ら掘り起こした鉱脈に他社が群がる状態でどこまで優位を保てるか? 何も手を打たなければ、かつて同社が体験したおからクッキーバブルとその崩壊を繰り返すリスクもはらんでいる。もちろん、そんな事にはならないように手を打つと思うが、それがどのような施策となるのか、今後も目が離せない。

企業分析は以下の記事も参考にされたい。

イノベーションに新しい技術はいらない、という話はアップルのiPodで随分一般化したように思うが、それを実現できている企業はまだ少ない。枯れたビジネスと言っても過言ではない書店やフィットネスジムでも新商品を作る事は出来る。モノとサービスの違いを理解すればイノベーションはどんな業種でも起こせる事は間違いない。

中嶋よしふみ  シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー

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