日本が衰退した理由。

少子高齢化は多くの国が直面しつつある。しかし、日本だけが長期にわたってトンネルを抜け出せない点については、日本固有の問題がある。

先日、ハフィントンポスト日本版の二周年を記念したイベントに参加した。「未来のつくりかた ダイバーシティの先へ」と題して行われたイベントだったが、テーマとなるダイバーシティは直訳すると多様性という意味だ。人種・国籍・性別・年齢を問わずに人材活用をする、といった文脈で使われる事が多い。

当日は紛争地の支援、アジアの女性の働き方、日本の子育て環境など各セッションの内容は多岐にわたった。一見するとバラバラに見えるが、多様性という観点から日本が衰退しつつある原因がクリアになる内容だった。

※グラフは総務省・平成22年国勢調査、国立社会保障・人口問題研究所・日本の将来推計人口(平成24年1月推計)より作成。

子育てをテーマに行われたパネルディスカッションでは、株式会社ワーク・ライフバランスの小室淑恵氏が人口ボーナス・人口オーナスのグラフを元に、日本は働き方を変えるべきタイミングで旧来の働き方を続けて来たと指摘した。

人口ボーナスとは図にあるように、0歳から15歳までと65歳以降の人口の割合、つまり養ってもらう層=従属人口が減り続ける状況を指す。戦後はほぼ一貫して労働人口が増え、従属人口の割合が減っている。少子化が急激に進む一方でまだ高齢者は少なく、低負担の社会保障費と豊富な労働者が経済成長を後押しする。これが時期としてはバブル崩壊前後の1990年半ばまで続いた。

それに対して人口オーナスは従属人口が増える状況を指す。寿命が延びて高齢者は増え、一方で少子化が原因で生産年齢人口は伸び悩む。結果として従属人口は増え、社会保障費によって国自体が高コストとなり経済成長の足を引っ張る。

■人口ボーナス期からオーナス期への切り替わり。

OA化により頭脳労働の割合が増え、経済成長にともなって国内の人件費が高騰し、嗜好の多様化により単一製品の大量生産では消費者のニーズに答えられなくなる。これらの変化が高度経済成長期から成熟期へと到達した時点で発生する。

小室氏はこのような環境の変化に対応して、男性ばかりが働くスタイルから男女ともに働くスタイルへ、長時間労働から効率的な働き方へ、同じ条件の人ばかりが働くスタイルから異なる条件の人が働くスタイルへと切り替えがなされるべきだったのに対応が遅れていると指摘する。

多くの先進国が一度は少子化を経験しているが立て直しに成功している国も少なくない。一方で日本はバブル崩壊以降「失われた二十年」と呼ばれ、一時的な景気回復は何度かあったものの停滞が続く。そしてバブル崩壊後から急激に進む高齢化と借金が急増するタイミングは驚くほどリンクしている。

■かつて日本の借金は少なかった。

バブル崩壊の直接的な原因は不動産融資に対する金融機関への厳しい規制(いわゆる総量規制)だと言われている。映画「バブルへGO!!」でもテーマとなった点だ。これ自体は今さら批判をしても仕方がないが、日本で借金が増え始めたタイミングはバブル崩壊以降だ。

日本=借金大国というイメージが定着しているが、それはここ20年ほどの話だ。バブル崩壊時、政府債務の額は300兆円程度と現在の1/4以下だった。しかしバブル崩壊の穴埋めを公共事業のバラマキで行おうとしたため、借金増加に拍車がかかった。

これは小室氏が指摘するように、環境が変わり働き方も変えるべき時に「高度経済成長期よ再び」とばかりにとっくに効果の薄くなっていた財政出動を繰り返した結果だと言える。そして今では1000兆円を超える借金の金利と、増加し続ける社会保障費を賄うため国民負担が重くのしかかる。

少子高齢化は多くの国が直面しつつある。しかし、日本だけが長期にわたってトンネルを抜け出せない点については、日本固有の問題がある。

■日本で子育てがしにくい理由。

3歳未満の幼児の保育園利用割合はここ10年で約17%から27%へと急激に増えている。これは共働き世帯が急激に増えている事を示している。では共働き世帯が働きやすい環境なのかというと、全くそうではない。

インド・韓国・日本と3か国のハフィントンポスト編集主幹のセッションでは、日本版編集主幹の長野智子氏はアメリカに住む友人は本当に子育てがしやすいと話している、という。P&Gの女性役員が登壇するセッションでも、アメリカと違って日本ではシッターさんは簡単に見つからないという話があった。

どんなに英語が堪能な人であっても外国の方が子育てをしやすいという話は奇異に感じるが、それだけ日本の子育て環境が酷いという事なのだろう。自分は普段住宅購入の相談を提供しているが、外資系企業で働くお客さんから聞いた話では「世界各国にオフィスはあるけど、洗濯機を自分で回しているのは日本人の私くらい。みなシッターやお手伝いさんが家事をやってくれている」という。

アメリカは格差社会だから給料の低いシッターが成り立つといった誤解があるが、実際には子育てのインフラが整っていると考える方が自然だ。自分が調べた限り、例えばアメリカのシッターの時給は10ドルから15ドル程度で、能力次第でもっと高い場合もあるという。マックの平均時給が10ドルに引き上げられた、という報道が先日あったが、それと比べても多少高い。高級とは言えないが生活が出来ないほどでもないと言える。

日本では働く女性が急激に増え始めた事により、他の先進国ではとっくに終えたステージを今になってやっと迎えている。最近では家事代行でこんな低価格のサービスが始まった、こんな新しい仕組みが出来たといったニュースも見かけるが、ニーズに対してやっと供給がなされてきたという事なのだろう。

女性が働くという当たり前の状況に官民ともにインフラが追いついていない、つまり多様性を受け入れるインフラの未整備が経済成長に対して強くマイナスの影響を与えている。最近では保育園の騒音問題が度々話題にのぼるが、これも都市部で保育園が急激に増えているという子育てのインフラに関わる問題だ。

※ダイバーシティ=女性の活用では無いが、今の日本が直面する多様性の問題はまず女性の活用・働き方という事になるだろう。

■「老朽化」する日本。

多様性のある働き方に今さら反対する人はいないだろうが、いまだに公共事業が経済発展に寄与すると考える人も少なくない。200兆円を投じるとも言われている国土強靭化計画はその最たるものだ。

今後インフラへの投資が必要になる事は間違いない。しかしそれは老朽化したインフラを一つひとつ補修していくという地味なものになるだろう。とても公共事業で景気回復!などという話にはならない。

高齢化が社会保障費の増大を招いているように、インフラの高齢化もまたコスト増加に衰退に拍車をかけている。以前書いた「なぜスイスのマクドナルドは時給2000円を払えるのか?」では高齢化によって国が高コスト体質になり、1%程度の成長では景気回復を実感できなくなっていると指摘したが、「高齢化」による高コスト化は人だけではなくインフラにまで及んでいる。

■お金を奪い合う高齢者と子供

人口ボーナスの一見不思議な点は、少子化が一時的には経済成長に寄与する事だ。これは将来へ負担を先送りするような状況だが、経済成長に伴って多くの国は多死多産から少死少産へと移行するため、誰かが悪いわけでは無い。今後は高齢者が増え、それでも少子化を乗り越えていく必要がある。

現状では高齢者に大盤振る舞いをしながら、少子化対策も予算を増やしつつある。つまり無い袖を無理やり振っている状況だが、こういった異常事態がずっと続くはずもない。今後は現役世代の負担が過剰にならないよう、高齢者福祉を削減し子育て支援にまわす必要がある。

具体的には年金・医療費をカットして高齢者自身の資産を最大限活用して貰い、足りない場合だけセーフティネットである生活保護でしっかり守るという形だ。少なくとも非正規雇用で働くワーキングプアからも徴収した税金を使って、貯金が何千万円もある人に多額の年金を払ったり医療費を補助したりする事が今後も正当化されるとは考えられない。結局、世代間対立とはこういうことだ。

※この段落は筆者の私見であり、イベントで登壇者からこういった発言があったわけでは無い。

■ステージは変わったのに常識は変わらないという問題。

イベントで登壇した「男性学」を専門にしているという社会学者の田中俊之氏は、男性の「平日・昼間」問題についてたびたび指摘している。育児休暇を男性が取得して平日の昼間に子供を連れて公園へ行くと、他のお母さんから変な目で見られてしまうという状態だ(変な目で見られている、という自意識も含むと思われる)。

育休ではなくとも、平日が休みの人も、子育てを積極的に行う男性も、今時全く珍しく無い。それにもかかわらず平日の昼間に男性が仕事をしていないと怪しく見えてしまう。

これは環境・状況が変わっているのに多くの人の「常識」は変わっていない、という問題を象徴する事例でもある。状況が変わっているのに働き方は昔のまま、という話と全く同じだ。

そして少子高齢化や子育てと関係の無い世界で生きている人は居ない。小室氏が指摘するような環境の変化・働き方の変化は多くの人にとって分かり切っている事でもあり、それでも変化に対応出来ない理由は「一番難しい事は自分自身を変える事」という結論にたどりつくようにも思う。

ビジネスの分野でも、破たんまで突き進んだJALや、外国人経営者のカルロス・ゴーン氏を迎えて復活をした日産など、「変われない日本人」は常に課題となる。このままで良いとは誰も思っていないのに、徐々に悪化する状況において大きく舵を切れず茹でガエルとなって自滅してしまう。これは他人の変化を認めない、自分自身も変わる事が出来ない、つまり多様性を受け入れられない事が根本的な原因なのではないか。

以下の記事も参考にされたい。

日本人は「分かり切っている課題」を解決する事は出来るのか? そしてその解決の手段として「多様性」に耐えられるのか? 簡単に見えて最も困難な課題に直面している事を、まずは認識する所から始めたい。

中嶋よしふみ シェアーズカフェ・オンライン編集長 ファイナンシャルプランナー

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