市場が好き。日本の市場はもちろん、外国に旅したら時間の許す限りその国の市場を訪ねてみる。特に、何か年中行事の前はすこぶる面白い。二十年前に行った正月前の築地市場の活気も格別だった。
ロンドンなら、それと匹敵するのがクリスマス前のバラ・マーケット(ボロー・マーケットとも発音する)だ。日本人にとって正月が家族で祝うものであるように、イギリス人にとってクリスマスは家族と過ごす一大イベントだ。食卓の準備にも気合がはいる。
今回は、そのバラ・マーケットをご紹介しながら、イギリスの人々がどのようにクリスマスを祝うのか、その一端を日本のみなさんにお届けしたい。
バラ・マーケットは、あの歌に歌われたロンドン橋のたもとに位置する。その歴史は古く、12世紀から続くという。規模をみれば「ロンドンの台所」といわれるのも納得する。
一年を通し、週に4日開いていて、 地元の人はもちろん海外旅行者も買い物にやってくる。クリスマス前はその市場全体が飾り付けられ、各店舗も特別なものを売り、いつもにまして、たくさんの人が集まって、とても賑やかしい。
ガラス張りの天井からはいたるところに巨大なクリスマスリースが下がり、その下 には大きなクリスマスツリーがそびえている。天井を支えるのは、ビクトリア調のイングリッシュ・グリーンの鉄のフレームだ。実は、その上を鉄道が通っているのだが、その電車の音も臨場感があってなかな一興。
クリスマスのメイン料理は、七面鳥と一般的には知られている。だが、これは近年になってアメリカから輸入された習慣で、その前は鴨だったという。
今やクリスマス=七面鳥なんてのもステレオタイプになってしまい、家々でそれぞれメインディナーを考えて、家族で楽しむ。ブタや雉やウサギやサーモンや・・・・なんだって、あり。
その需要を満たすべく、この市場には、野性の肉を扱う伝統的な店とかもある。
こんな、一見残酷なシーンも、本当の市場にはある。この子は21世紀のアリスかしら?「あなた、時計落としたわよ・・・」なんて・・・ブラックな。少なくとも「魚は切り身で海で泳いでる」などと思い込むよりいいのかもしれない。
そうそう、野菜も買わなくっちゃ。クリスマスディナーでの野菜料理は、ポテトやにんじん、セラリアックなどいろいろあるが、クリスマスの伝統食としてよく聞くのは芽キャベツと栗をいっしょに炊いた一品だ。八百屋にいけばその芽キャベツが注目の的。
おいしそうなものばかり、見たり嗅いだりすれば、途中で、おなかが鳴り出すことだろう。大丈夫。市場のあちこちには、露天が軒を並べており、みんな立ち食いしたり、簡易テーブルでおなかを満たしたりしている。
魚屋直送のパエリアとか、イギリス南部でとれたオイスターとか、スペイン食材屋のハムとか、ドイツのソーセージを使ったホットドックとか、ハイジが食べていたチーズ料理とか。地産のものから国際色あるものまでなんでもござれ。
飲み物は、この季節限定のムルド・ワインがおすすめ。暖かい赤ワインで、いろいろなスパイスがはいったちょっと甘い飲み物。大きなコップに波々で、600円ぐらい。寒い日には体が芯から温まって嬉しい。
市場には、花屋さんもはいっていて、リースやクリスマスツリーやさまざまな飾りつけを売っている。ところで、クリスマスツリーも実はドイツからやってきた新しい伝統。とはいっても200年ぐらい前の話だけれど。
それ以前、イギリスは、暖炉の周りや窓枠を、緑の枝ものや柑橘系の果物で飾ったりするぐらいだった。新参者のクリスマスツリーにイギリスの古い伝統の飾りつけが融合された。
八百屋とかにも、ツリーに飾りつける、乾燥みかんとか、シナモンとかが売っている。そういうものには、今年も健康にという願いが込められている。果物もスパイスも体によいし、昔はとても高価なものだったからね。
昨今はピカピカした、おしゃれでファンキーな飾りをツリーにつるすけれど、この市場では伝統的な飾り付け。シンプルな意味のある飾りはやっぱりいい。
イギリスの伝統的なクリスマス食で忘れてならないのは、クリスマス・プディング。プディングといっても、日本の「プリン」を思い出さないでほしい。プディングとは、小麦粉と牛乳と卵をベースにした食べ物、ようはケーキのようなもの。
ケーキといっても、乾燥果物とかラム酒とかがみっちり詰まった非常に重いケーキで、かなり日持ちする保存食でもある。
クリスマスディナーで、いよいよプディングタイムになると、これにブランデーをぶっかけて、部屋の電気を消し、プディング全体に火をつけて、テーブルの上に登場するのが慣わし。
市場の中には、パブも何軒かある。買い物の途中でみなさんいっぱい立呑というわけ。かなり暗そうにみえるけど、時計を見るとまだ4時。
市場の活気を楽しみ、舌つづみをうち、買い物もすませて、あたりはすっかり暗い。冬至はもう目の前。
長くて暗い冬も後半になれば、少しずつ、でも確実に日が長くなる。そうして春を迎えるだろう。クリスマスは、そういう季節の変化を祝う古い習慣と宗教が融合したものなのだ。
イギリスの冬は暗くて寒いから、春を待つ気持もひとしお。春を迎えるうきうきとした気持を味わえるのも、こんな冬を経験するからかもしれない。
ほろ酔い気分で、美しくライトアップされたテムズ川に沿って歩こう。周りにはクリスマスの小さな露店が並び、長い夕べを楽しむ人々でにぎわっている。こんなに楽しいエリアをぶらぶらすれば、寒さなんか忘れてしまう。