変わりゆくキューバの深層 オバマ大統領やローリングストーンズの訪問がもたらすもの

いまや世界中でスターバックスとマクドナルドが街なかにないのは、北朝鮮とキューバぐらいだろうが、善かれ悪しかれ、ハバナの有名な海岸通りにそれらの店の看板が見られるようになるまで、そう時間はかからないかもしれない。
Street scene with vintage car and worn out buildings in Havana, Cuba.
Street scene with vintage car and worn out buildings in Havana, Cuba.
frankix via Getty Images
2月に、ベルリンに滞在している娘と「ライン電話」で話す機会があり、「オバマ大統領が春にキューバを訪問する」という。

娘がどこからそんな情報を仕入れてきたのか分からなかったが、その後、キューバ大使館から送られてきた共同メールに、「オバマ大統領、キューバを訪問」というタイトルの「グランマ」紙の記事が添付されていた。それによれば、オバマ大統領が3月20日から22日までハバナを訪れるとのことだった。

2015年8月20日の国交回復以来、米政府高官たちがすでにキューバを訪問している。そして、いよいよ真打の登場というわけだ。

3月21日、ハバナの革命宮殿でラウル・カストロ議長と握手するオバマ大統領

しかし、その後もっと凄いニュースが飛び込んできた。英国のロックバンド、ローリングストーンズがハバナで無料コンサートを開くという。バンドは2月上旬のチリ公演から始まった南米ツアーの閉めとして、3月14日にメキシコシティで最終公演をおこなった。だが、3月25日にハバナの<ラティーノ>スタジアムで追加公演をおこなうらしい。それは、キューバにとってもバンドにとっても、最大規模のものになると言われている。

私見によれば、オバマ大統領やローリングストーンズのキューバ訪問は、キューバ国民に大きなインパクトを与えないではおかないだろうが、それ以上に、キューバを訪れたことのない欧米人にずっと大きなインパクトを与えることだろう。とりわけ、60年代以降、キューバへの渡航を禁じられていたアメリカ人にとっては、否が応でもキューバ観光への期待が膨らむことだろう。

『グローバル・トラベル・ニュース』によれば、国交正常化のニュースが出て以来、観光客は急増しているという。キューバ統計局(ONEI)は、2015年の上半期の外国人旅行者がすでに170万人に達し、前年比で15.3%増であると公表した。今後、この数字はもうなぎ登りになるはずだ。いまや世界中でスターバックスとマクドナルドが街なかにないのは、北朝鮮とキューバぐらいだろうが、善かれ悪しかれ、ハバナの有名な海岸通りにそれらの店の看板が見られるようになるまで、そう時間はかからないかもしれない。

月並みなキューバのイメージ

私たちが通常、キューバに対して持つイメージは、59年の革命と、熱帯のリゾートビーチと、ブエナビスタ・ソーシャルクラブの音楽だろうか。

確かに、カストロやチェ・ゲバラに率いられた59年の革命は世界中の若者に支持された。階級差別や人種差別、女性差別などを温存させたバチスタ独裁政権に、圧倒的な不利な状況でゲリラ戦を挑み、革命を勝ち取ったからだ。バラデロに象徴されるリゾートビーチも、サルサやルンバなどのラテン音楽も、キューバがこれから「観光立国」として売り出していくための貴重な資源のひとつだ。

しかしながら、それらはある意味で、表層的なイメージだ。それだけでキューバが分かったとは言えない。相撲や秋葉原やマンガだけで日本のすべてが分かったと言えないように。

フィデル・カストロ(右から4番目)、ラウル・カストロ(同5番目)、チェ・ゲバラら、キューバ革命の主要メンバー

社会主義革命と逃亡奴隷の叛乱

キューバ革命は20世紀に始まったわけではない。スペインの植民地時代の逃亡奴隷の叛乱から、革命の胚芽というかDNAが作られたのである。それが19世紀後半のキューバの独立戦争へ、57年の革命へ受け継がれる。

それらの共通点は、カリスマ的な指導者に導かれた<ゲリラ戦法>である。逆に言えば、59年の革命はキューバがそれまで経験してきた叛乱の帰結なのだ。だから、原点にもどって、逃亡奴隷たちの思想や文化に触れないと(59年の革命を社会主義イデオロギーだけで解釈すると)、大事なものを見逃すことになる。

キューバで「シマロン」と呼ばれる逃亡奴隷たちは、プランテーションから逃れて、人里離れた山奥に村を作り、共同生活を営んだ。「パレンケ」と呼ばれるそうした「隠れ家」は、かつてキューバ全土に十カ所以上あったと言われる。逃亡奴隷たちは「パレンケ」から、プランテーションの奴隷と秘密の連絡を取り合い、人種差別や階級差別に対して叛乱を起こしたのである。59年の社会主義(イデオロギー)革命も、下層にはそうした「逃亡奴隷」の思想が潜んでいる。

キューバの現代の芸術や小説を例にとれば、トマス・グティエレス・アレア監督の映画『ウルティマ・セナ(最後の晩餐)』や、アレホ・カルペンティエールの小説『この世の王国』は、キューバやハイチをはじめとする、カリブ海の国々におけるそうした革命の「二重性」を見事についている。

拙著『あっけらかんの国キューバ』も、社会のエリート層ではなく、むしろ周縁に追いやられ、不条理な生を強いられた人々の立場に立ち、情報統制のカーテンに隠された現代キューバ人の暮らしについて述べたものである。(後編に続く)

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