前回、献血にまつわる以下のような話をした。
・血液型にはABOだけでなくHLAという白血球の型がある
・臓器移植や、何度も血小板輸血を受けた患者の場合、HLA型の適合した輸血が必要
・HLA型の適合確率は、兄弟姉妹間だと4人に1人、非血縁者間だと数百人から数万人に1人
・HLA献血の場合手紙や電話で血液センターなどから依頼の連絡が直接くる
・特殊なHLA型細胞の提供によりiPS細胞ストックが進展し臨床応用が加速する
・ただし、現状では献血者が漸減傾向で様々な施策も効果は限定的
という現状について、「HLA召喚」と呼ばれるくらいレアケースになっている「HLA登録を2倍にするにはどうすれば良い?」という問いについて考えてみたい。
そもそもこのテーマをこの時期に取り上げたのは理由がある。自分に来ていたHLA召還の手紙が来なくなったことも大きいが、もうひとつの理由がある。それは骨髄移植のドナー登録数が、2014年2月、1992年の登録受付開始以来、初めて減少に転じる可能性があると思っていたからだ。
平成4年にスタートした事業は年々着実にドナー登録者数を伸ばし40万人に到達しているが、
登録者に年齢制限があることから、少子化の影響で、当初登録していた人が年齢上限(登録年齢は18歳以上、54歳以下)に達したり、新規登録する年齢層の母数自体が減っていることから、年々登録数の伸びが鈍化していることから、2014年にはどこかの月で減少に転じるのではと思っていた。その中で特にその可能性が高いと思っていたのが1月と2月で、ともに気候が厳しいことと、1月は正月休み、2月はもともと日数が少ないということで新規登録が伸びにくい性質となっている。例年この時期に献血やドナー登録のCMキャンペーンが行われたりするのも、こうした性質を鑑み、テコ入れすることで増加を維持する、という側面も大きいはず。
今年は大雪の影響もあり、2月はマイナスの可能性も高いと思っていたが、結果は数百の増加だった。1月も数百にとどまり、なんとか増加を維持しているが、遅くとも2,3年のうちに減少トレンドに転じてくることは間違いない。
献血とドナー登録は同時に行われることも多く(ドナー登録自体は2ml程度の採血)、ドナー登録の増減トレンドが関連指標としてもHLA登録に大きく関わってくると考えられる。
ドナー登録の過去のトレンドを見ていると、
-著名な方が白血病で亡くなられた(本田美奈子さん)
-CMキャンペーンがヒットした(「メンバーが、足りない」)
-大災害が起きた
などの"危機感"による増加が2年程度続く、という傾向が見て取れる。
HLA登録に至らない理由としては、大きく以下の5つが考えられるが、"危機感"については4と5の部分に影響していると思われる
1) そもそも知らない
2) 知っていても、登録する機会/場所がない
3) 登録する機会/場所はあっても、時間がない
4) 時間はあっても、やるだけの理由が感じられない
5) やるだけの理由はあっても、怖い/痛いなど、やりたくない理由のほうが大きい
実際には殆どの人は、「誰かから薦められるならまだしも、自分からすすんでやるほどではない」と思っているだろう。では誰かから薦められるとして、テレビや街頭での訴えでは響かない人の方が多数なので、推進している人からすれば「なぜ意義があることがわかってもらえないのか」「なぜ動いてくれないのか」という気持ちだろう。
現状維持、もしくは微増ペースの維持ならこの"危機感"(切迫感と言い換えても良い)アプローチで当分いけるかもしれないが、「現状から倍増」といった目標を定めるなら、これまでの「"危機感"で動いてくれる人」ではない層をターゲットに、これまでとは異なる、"ポジティブ"なアプローチが必要になってくる。
そこで参考になるキャンペーンが昨年のCANNES LIONS 2013に出品された「immortal fans」と「My blood is red and black」
どちらも今年ワールドカップが行われるブラジルのサッカークラブを題材にしている、というのも興味を引くが、共通するのは「人は本当に好きな対象のためには献血やドナー登録を行う」という非常にシンプルなインサイトを、「その対象は家族や恋人だけでなく、サッカーでもいい」というこれまたシンプルな転換を行っているところ。
まず「immortal fans」(永遠のファン)だが、これは臓器移植ドナーの登録キャンペーンで、死後に臓器提供することに対して遺された家族が抱える精神的ハードルという非常に大きく複雑な課題について「俺は自分の愛するサッカーチーム(スポルチ・レシフェ)のファンを増やすためならドナーになってやるぜ!」という宣言をチームのファンカードにくっつけるというアイデア。
・企画の背景は"強い(強すぎる?)クラブ愛"
・自分に万一のことがあっても、自分の臓器を通じて "他のサポーター"の体の一部になり、永遠に大好きなクラブを応援し続けることができる、すなわち『永遠にファンであり続けられる』
・カードはスタジアムの他、Facebookや郵送でも手に入れられる
・企画展開に先立ちキャンペーン動画を作成し、それぞれに"約束"を宣言する
-角膜移植を必要とする男性:「あなたの眼でスポルチ・レシフェの試合を見続けます」
-肺移植を必要とする男性:「あなたの肺でスポルチ・レシフェのために呼吸し続けます
-心臓移植を必要とする女性:「あなたの心臓はスポルチ・レシフェのために高鳴り続けます」
その成果は、51,000枚を超える臓器提供カードの発行(同チームのホームスタジアムの収容人数を上回る数)につながり、臓器提供のドナー登録者は1年で54%増加。心臓移植と角膜移植の臓器提供待ち患者数は、ゼロに。2013年カンヌ国際広告祭プロモ・アクティベーション部門のグランプリを受賞。
もうひとつの「My blood is red and black」(私たちには赤と黒の血が流れている)は、こちらは輸血バンクの登録キャンペーンで、同じくサッカーチームのファン同士の連帯心を目に見える形で刺激したアイデア。
・クラブ(E.C.ヴィクトリア)のチームカラーは赤と黒の横縞
・ある時、その赤い部分を全て白くしてしまうユニフォームで試合に登場
・ファンの献血量に応じて、白い部分を徐々に赤に戻していくキャンペーンを告知
・スタジアムのファンシートでも献血を開催
・全く赤のないバージョンから、徐々に赤色部分が増える4バージョンのユニフォームを着てそれぞれの試合に臨む
・同時に異なるバージョンのユニフォームをファン向け、子供向けに販売/配布
非常にシンプルなこのキャンペーンだが、総費用が1万5千ドル(約150万円)だったにも関わらず、その成果は、キャンペーン期間中の献血数が46%増加、世界中のネットニュースで10億ページビュー、1億3千万人に露出し、テレビ露出は総計で935分にのぼりメディア露出効果は800万ドル(約8億円)換算に至るなど、世界的にも注目されるキャンペーンとなった
この2つのキャンペーンは非常にシンプルで、グローバルに通用するコンセプトであり、日本でもほぼそのまま展開することが可能なので、赤をチームカラーとするスポーツチーム、たとえば浦和レッドダイヤモンズ(Jリーグ)、広島東洋カープ(NPB)、鹿島アントラーズ(Jリーグ)、ロアッソ熊本(Jリーグ)なども候補にあがってくるところだが、逆に赤のチームカラーを持たないスポーツチームがこの時だけ特別に赤くなる、というのも面白いので、個人的な趣味で恐縮だがぜひ阪神タイガースでも検討してほしい。
危機感に訴えるのも仲間意識に訴えるのも、どちらも「相手が感じられる」からこそ人は動くわけで、危機感は時とともになくなっていく(そうやって忘れるからこそ人は楽天的に生きていける側面もある)が、仲間意識は時とともにむしろ強まっていく。これはスポーツクラブだけでなく、さまざまなつながりでも適用可能であり、近年広がる市民マラソンや野外フェスなど展開できるシーンは数多い。
自分がHLA献血を実際に行う際に感じた、"不特定の誰か"でなく"特定のあの人"に提供されるからこそ感じた特別な感情について、最初に登録する際から感じられるような設計ができれば、能動的な善意を引き出し、登録数を大幅に増加させることができるはずだ。