「大坂なおみ選手は日本人」と浮かれる前に、日本は二重国籍禁止を見直すべきではないか。

大坂選手が東京オリンピックに出場する場合、彼女は「日本代表」ということになる。しかし…。
全豪テニス/ビーチで撮影に応じる大坂なおみ選手
全豪テニス/ビーチで撮影に応じる大坂なおみ選手
Jiji Press

2018年9月の全米に続き、先日全豪を制覇して女子テニスの世界ランキング1位となった大坂なおみ選手。毎日新聞客員編集委員で帝京大学教授の潮田道夫氏が1月27日、以下のようにツイートし、日本と米国二つの国籍を持つ大坂選手が米国代表として東京五輪に出場するだろうとの見方を示したことが波紋を呼んだ。

「大坂なおみの国籍選択の期限が来る。五輪もあるし、多分米国籍を選択すると思うが、そのときの日本人の失望はすごいだろうな。政権が倒れるぞ、下手すると。マスコミも困るだろうな。どうする諸君」

二重国籍を有する大坂選手が脚光をあびることで、二重国籍とそれを背景としたナショナルチームへの参加への要件、ひいては日本人とはなにかが話題に上ることは、グローバル化が進み、国際結婚が珍しくなくなった現在、良いことであると筆者は思っている。

では、本当に大坂なおみ選手はアメリカ代表としてオリンピックに出場するのだろうか。ここで、今回の問題を整理したい。

周知のとおり、大坂選手は父親がハイチ系アメリカ人、母親が日本人であり、日米二つの国籍を有している。現在、国籍上は日本人でもあり、アメリカ人でもある。3歳で渡米して以来、アメリカで長く暮らし、アメリカでテニスのトレーニングを受けた彼女。試合後のインタビューなどを見てもわかる通り、日本語よりも英語で話す機会が多い。そのうえで彼女は、国際テニス協会における国籍登録、つまり「テニス選手としての登録」では日本国籍を使用している。

この前提を踏まえて、2020年のオリンピックについての話をしよう。

■大坂選手は「日本代表」

結論からいうと、大坂選手は東京オリンピックにアメリカ代表として出ることは非常に難しく、出場するならば日本代表になると考えるのが妥当であろう。なぜなら、現実的にみてオリンピック憲章規則の条件をクリアーすることが難しいからである。

オリンピック憲章規則の41の付属細則のその1にはこう書かれている。

「同時に2つ以上の国籍を持つ競技者は、どの国を代表するのか、自身で決めることができる。しかし、オリンピック競技大会、大陸や地域の競技大会、関係IF(IOC公認の国際競技連盟)の公認する世界選手権大会や地域の選手権大会で1つの国の代表として参加した後には、別の国を代表することはできない。ただし、国籍を変更した個人、もしくは新たな国籍を取得した個人に適用される以下の第2項の定める条件を満たした場合は、その限りではない。」

簡単にいうと、選手は自由にどの国を代表するか選ぶことはできるが、一度選んだ国籍で指定の大会に出場すると、別の国の代表になることができないということだ。大坂選手は2017年の国別対抗フェド杯に続き、2018年4月のフェド杯世界グループ2部入れ替え戦にも日本代表として出場している。つまり一度日本という国籍を選択して大会に出場している以上、アメリカの代表にはなることができない。

次に、上記の条件が適用外になる第2項の定める条件を踏まえ、もし大坂選手が日本国籍を放棄した場合、アメリカの代表としてオリンピックに参加できる条件を満たしているのか見てみよう。

第2項の定める条件には、

「上記の大会で1つの国の代表として参加したことがあり、かつ国籍を変更した競技者または新たな国籍を取得した競技者は、以前の国を最後に代表してから少なくとも3年が経過していることが新たな国を代表してオリンピック競技大会に参加する条件となる。」

と書かれている。

これは、一度選んだ国籍で指定の大会に出場したとしても、それから3年経過した場合にはそれとは異なる国の代表になれるという意味だ。前述の通り、大坂なおみ選手は2018年4月にフェド杯世界グループ2部入れ替え戦に日本代表として出場している。東京オリンピックが開催されるのは2020年、この3年経過という条件を満たさなくなる。

確かに、この第2項の最後には以下のように記載があるので、アメリカ代表としての参加は不可能ではないのだが、あまり現実的ではなかろう。

この期間については、当該NOC(国内オリンピック委員会) とIF (国際競技連盟)の合意のもとに、IOC 理事会が個々の状況を考慮し、短縮することができるばかりか、場合によっては撤廃することもできる。

結論からいうと、大坂選手は東京オリンピックにアメリカ代表として出ることは非常に難しく、出場するならば日本代表になると考えるのが妥当であろう。なぜなら、現実的にみてオリンピック憲章規則の条件をクリアーすることが難しいからである。

■グローバル化する世界、"複数の国籍"

今回の大坂選手の活躍は期せずして、日本社会に「国籍とは何か」、ひいては、「日本人とは何か」という2つの点で大きな課題を提示していると言えるのではないだろうか。その課題とは、時代遅れとも言われる、日本の二重国籍禁止規定の是非である。

現在、法務省は二重国籍を原則認めていない。二重国籍を認めていない国は、概ねアジアとアフリカに多く見られるが、世界的には少数派である。OECD加盟国を見ても、二重国籍を禁止する国は少ない。グローバル化が進むなかで国境を越えた人の移動が頻繁になり、国際結婚も珍しいことではなくなる中で、二重国籍禁止がどのような意味を持つかを再検討する必要があろう。生まれながらの二重国籍者にとって、どちらの国籍を選択するかはアイデンティティにかかわる問題である。彼らに選択を強要すること自体が、正しいことなのかを、法務省は真剣に検討する必要がある。

■実は「二重国籍」には罰則がない

国際結婚で生まれ、アメリカと日本2つの国籍を持つ大坂選手は、二重国籍をみとめない日本の国籍法に則り、今年10月16日、22歳になるまでにアメリカ国籍か日本国籍のどちらかを選択することになる。

実は、この国籍法は罰則がないので、"ザル法"とも言われている。正確な数字はわからない(おそらく法務省も正確には把握できていないのではないか)が、二重国籍者の9割は、22歳を過ぎても二重国籍のままであると言われている。いかにも日本的な建前と本音というダブルスタンダードだ。

とはいえ、大坂選手の場合は、彼女が二重国籍であることがことあるごとに取り上げられるので、周知の事実となってしまっている。流石の法務省も、見過ごすことは難しいのではないであろうか。

そうなると、公平を期する観点で、今まで見てみぬふりをしてきた法務省も厳格に二重国籍解消をせざるを得なくなると推測できる。

つまり、法務大臣からの国籍選択の催告と外国籍の離脱を証明する公式書類提示の厳格化を真剣に行わなければならないのではないだろうか。もしそれができないのであれば、形骸化した二重国籍禁止事項を国家の面子として維持するか、もしくはこれを機会に二重国籍禁止を見直すか、2つに1つしかない。

しかし、安倍首相が国威発揚の場と考える東京オリンピックだ。高度な政治的判断で、大坂選手の二重国籍問題を法務省がお目こぼしする可能性も否定はできない。現実主義な筆者としては二重国籍に賛成であるが、もし見直しとなった場合、日本国内で大きな議論を呼ぶだろう。

問題は大坂なおみ選手だけではない。現在、国内外にいる二重国籍を持つ有能な人材が、国籍選択を迫られたときどうするかである。彼らの中には、日本国籍を放棄するものもそれなりにいると聞く。大坂なおみ選手も、オリンピック後に放棄したアメリカ国籍を再度取得する可能性もある。いずれにしても、我々は、「大坂選手は日本人」と浮かれる前に、真剣に二重国籍の問題を考えるべきではないであろうか。

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