「ハイハイをさせないと転びやすい子になる。だからもっと練習をさせなさい。」って聞いたことがあります? 私は小児科医をしているのに、寡聞にして知りませんでした。なので、先日の健診に10ヶ月のお子さんを連れてきたお母さんが、小児科医への質問欄に「ハイハイをしたがらない」と書いていたので、もしやと思い聞いてみると「私の母に、ハイハイをさせないとダメだって言われました。運動神経に悪い影響があるから。」という答えでした。でもね、実は心配ないんです。子どもは神経と筋肉の連携が発達してきたら自然にできることが増えて行くので、首の座り、お座り、ハイハイ、立位など練習させる必要はないのです。
馬場一雄先生の「子育ての医学」には座りながら移動する「ずり這い」「座り這い」はするけれど、腹ばいになって前方に移動する通常のハイハイをしない子は10人に1-2人いると載っています。そういう子でも他の発達は全く正常です。「続・子育ての医学」にはハイハイらしい動作をまったくしない子も10人に1人いて、発達の遅れを心配する理由にはならないと書いてあります。ハイハイはしないまま、立って歩くようになる子がいるんです。同著では過去に行われた乳幼児に対しての研究も紹介されています。1929-1945年に発表された心理学者などによるいくつかの論文で、訓練や練習をすると日常の運動機能や生活習慣が早く身につくか、というものですがあらたまった訓練を行わなくても、子どもは自然に日常的な技能を習得していくという結果でした。
また、子どもが生後9〜10ヶ月になるとパラシュート反射というものが出現します。これは、素早く前に倒れると両手が無意識に前に出てくるというものです。反射なので、練習したからできるようになるものではありません。現代の子どもは運動する機会が減ったというニュースをよく見ますが、そういった運動不足と乳児期の反射は別のものです。目に何かが近づくと瞬きをするというのは瞬目反射ですが、練習をしなかったから目にゴミが入りやすいということはないですね。
そもそも、自分の子どもとは言え他人ですから、思うようにならないです。移動は座り這いで充分なので、普通のハイハイをしない子もいます。ハイハイは嫌い、つかまり立ちしたいという子もいるので、いくらうつ伏せにしたところでやってくれないでしょう。子どもってそういうものです。伝い歩きの練習をしたい!とでもいうようなすぐに立ってしまう子をわざわざ四つ這いにさせるという保育園があると教えてもらいましたが、漢字を知っている子に「まだ習ってないでしょう。」とひらがなで書かせるようなものじゃないですか?ハイハイをしないまま立って歩いたことが、将来なんの影響があるでしょうか?実際にTwitterで「自分はハイハイしなかった」「うちの子はしなかった」という人は多数いました。Togetter「ハイハイしないと転ぶ子になる?」
ほとんどが善意からの"アドバイス"だとは思いますが、困ったこともあります。不安商法は、◯◯しないと大変なことになる、だからこの商品を買いましょうと不安を煽ってビジネスにすることですが、残念ながらその手法を"アドバイス"に使う人達がいます。新米のお母さんを不安にさせ、自分の優位を確認したがる人達です。年下のお母さんを未熟者扱いし、そんなことも知らないのか、あなたはなんてダメで怠惰な母親なのかと批難することによって自分の価値を知らしめ存在意義を確かめたいのです。Twitterでも言ったんですけれど大事なことだから繰り返します。たとえ身近な人の"アドバイス"でも、真に受けないほうがいいことがあります。華麗にスルーしましょう。自分が偉いことを示したい人が言うことは、本当の助言になり得ません。
子育て中は忙しいので、泣くほど心配させられた変な助言も、いちいち検証して訂正と謝罪を要求するなんて普通できません。身近な人以外にもひどくデタラメな"アドバイス"をする助産師、保健師、薬剤師、医師と言った専門家さえいます。「ハイハイさせないと大変なことになるって言われたけど、しないまま立って歩いちゃったよ。全然、元気。あなたの言うことはあてにならないね。」って言われたお母さん達で、指摘できたらいいんですけれどね。みんな泣寝入りせざるを得ないのをいいことに変な助言者は、変な助言を言い続けます。