若い女性が、アダルトビデオ(AV)に無理やり出演させられる被害が広がっており、被害者支援団体にはAV出演に関し120件の相談が寄せられている。被害は、女優としての出演を強要された人にとどまらない。フリーアナウンサーの松本圭世さん(26)は、名古屋のテレビ局でアナウンサーをしていた2014年、大学時代に撮影された映像がAVの一部に使われていたことがわかり、全ての番組を降板した。松本さんに経緯と今の思いを聞いた。(朝日新聞経済部記者・林美子)
「もう断るわけにはいかないかなと」
発端は、名古屋大学の2年か3年、20歳か21歳の時です。名古屋の栄という繁華街を歩いていて、駐車場の前で30代くらいの男性に声をかけられました。「バラエティーのような撮影で、全国を回って男の子の悩みを聞いてもらっているんだ。名古屋は聞いてくれる人が全然いなくて、本当に困っているから助けて」。5分以上説得されたと思います。
「本当に男の子の悩みを聞くだけでいいんですよね」と言ったら、駐車場に止まっていた乗用車に案内されました。中に女性がいて「お化粧を直しましょう」。車に入った時点で出にくくなり、自分の顔も触らせてしまって、もう断るわけにはいかないかなと思いました。
「そういうものなんだな」
男性が紙を出して「ここにさらっと名前を書いてくれればいいから」。おそらく撮影の承諾書だったと思うんですが、AVということは全く書いていませんでしたし、特に怪しいとも思わず、名前を書いて女性に渡しました。
そのあと男性と、同じ駐車場に止めてあった大きめのバンのような車に行きました。中にいたのは、悩みを相談したいという男性とカメラマンなど、男性が4人ほどです。最初に「自己紹介をして」と紙を渡されたんですが、名前も年齢も職業も全然違うプロフィールが書いてありました。当時は「そういうものなんだな」と思っただけでした。
「あ、おかしいな」
男性の悩みは、初めは「コンプレックスがある」という相談だったんですが、「女性の口元が苦手なんだ」という話に変わっていって、「口元へのコンプレックスを解消、克服してほしいから」と、出された飴をなめるよう言われました。飴は男性(器)の形をしていて、あ、おかしいなとそこで思いました。
車は出入り口が前の方に1カ所しかなくて、私は一番後ろに座らされて男性に囲まれていました。撮影は始まっていてその場の空気を壊したくないと思ったのと、終わってから「使わないで」と言えば大丈夫だと思ったんです。それで、その場は言われた通りにしました。
「大丈夫。大丈夫大丈夫。安心して」
「本当にこれ以上無理」と言ったら、撮影は終わりました。「お願いです、使わないでください」と言ったら「大丈夫。大丈夫大丈夫。安心して」。 当時は社会経験が全くなくて、承諾書の写しをもらうとか、名刺をもらうという発想がありませんでした。
撮影した会社がどこかは今もわかりません。その後は「自分の中でしまい込めばいいこと。忘れてしまえば終わりだ」と自分に言い聞かせて、誰にも相談などしませんでした。
ところがこの映像が、AV作品の冒頭に使われていたんです。
撮影後すぐに発売されたようです。私は大学を出て愛媛県のテレビ局のアナウンサーになり、2013年10月に名古屋のテレビ局に移籍しました。翌年5月末にネットで話題になり、週刊誌からも会社に問い合わせがきて記事になりました。私は、「使わないと言っていたのに、なんでなんで?」という感じでした。
6月に入ってすぐ、担当していた三つの番組を全て降板しました。
「契約が切れるまで、出社は続けました」
就職活動の時から、名古屋のテレビ局でアナウンサーをするのが夢だったんです。ようやく自分が思い描いた生活ができるようになった矢先でした。仕事ができないのがまずつらかったです。インターネットに出たものは消えないし、面白おかしく取り上げられ、批判もたくさん来ました。アナウンサーの仕事は今後できないと思ったら、頭の中が真っ白になりました。
1年契約だったので、契約が切れる9月末まで4カ月くらい、出社は続けました。ほかのアナウンサーが仕事に出て、私だけアナウンス室にいるとき、「みんなが働いているのに私は何をやっているんだろう」と、声を上げて泣いたりもしました。
「局アナ時代の貯金を切り崩して生活」
美容院も行きづらかったです。受付に名前を書くので、ピンと来るのではないかと。地下鉄でもサングラスをしていました。顔を見られて「あっ」と言われるのが嫌でした。みんなが敵に思え、名古屋では生活しづらいので東京に来ました。
あてもなく友達もいなくて、1週間くらい家から出ないこともしょっちゅうありました。名前も顔も出ないナレーションの仕事などを単発で引き受ける以外は、局アナ時代の貯金を切り崩して生活しました。
アナウンサーの仕事をもう一度したくて色んな人に相談しましたが、なかなか表に出る踏ん切りがつきませんでした。でも自分の中で問題を整理していくうちに、「この件を黙って仕事を受けて、ばれるかもしれないとびくびくするのは嫌だ」と思うようになりました。
「問題は風化はしても消えはしない」
東京に移ってから、ネットで調べて被害者支援団体の方ともお話をし、私以上に大きな被害が起きていることも聞きました。「問題は風化はしても消えはしない。アナウンサーの仕事をしたいという私の気持ちに揺るぎはない。隠さないことで、出演被害の問題がちゃんと議論されるきっかけにもなるかもしれない」と思ったんです。
活動を再開したのは昨年10月、東京MXテレビの仕事が最初です。今はバラエティー番組に出していただくこともあります。この件が話題になることもありますが、私のことは笑っていただいて、その上で、裏にどういう問題があるのか、物事の本質を知る人が増えればと思っています。
街中でこういう撮影が行われているとか、名刺や承諾書をもらわなければいけないとか、若い人の多くは知らないと思うんです。こういう事実が広まれば今後の被害が一つでも減るかもしれないと思っています。
「だまし討ちだったのが問題」
私の場合は「承諾していない映像を使われた」「AVの撮影という説明がなくだまし討ちだった」のが問題ですが、ほかの方々も「グラビアデビュー、タレントデビューできる」と言われるなど、きちんと説明を受けていないんですよね。
私はAVがいけないと言っているわけではなくて、出たくない人を意に反して出させるのが大きな問題だと思います。
あえて言えば、私は飴で終わっているのですが、もっと大きな被害に遭った方は誰とも会いたくないし、声を上げられないと思います。私以上につらい思いをしていると思います。
「こういうことを話してもお金にならないです」
女が悪い、だまされる方が悪いという風潮がありますよね。オレオレ詐欺では「だまされた親が悪い」ではなく「だました方が悪い」という話になるのに、性が絡むと焦点が別のところに行ってしまう。
匿名で声を上げている人もいますが、そういう人が悪いかのように言われてしまう。それは違うと思う。社会問題としてきちんと認識されれば、そういう人たちへの見方も変わると思うんです。
私も「被害者ビジネス」といった批判を受けることがあります。こういうことを話してもお金にならないです。というより、自分の心を削っています。私はこうして自分の経験をお話していますが、この記事を読んだ方には、ほかの被害者の方々の声にもきちんと耳を傾けていただきたいと思います。
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