ブラック企業をなくしていく確実な方法とは-原田泰

ブラック企業とは、利益のために若者を使い捨てる企業だ。しかし、単に賃金の安い会社ではない。日本経済が20年以上停滞していたと言っても、まだ、最低賃金に近い賃金の仕事は多々ある。単に低賃金の職であるだけなら、人々はそこにコミットしない。低い賃金の職であるなら、辞めても同じような仕事がすぐに見つかるからだ。

早稲田大学教授

原田泰

ブラック企業とは、利益のために若者を使い捨てる企業だ。しかし、単に賃金の安い会社ではない。日本経済が20年以上停滞していたと言っても、まだ、最低賃金に近い賃金の仕事は多々ある。単に低賃金の職であるだけなら、人々はそこにコミットしない。低い賃金の職であるなら、辞めても同じような仕事がすぐに見つかるからだ。それでは、人々はそこで懸命に働いたりしない。

ご褒美のある企業はブラック企業ではない

時給にするとそれほど高い賃金ではないが、必死に働かせる企業というのはある。コンサルタント、投資銀行、会計事務所、弁護士事務所、マスコミなどである。20代で年収1000万円になりうるが、年間労働時間3300時間、時給にすると3000円あまりという働き方である。

年間労働時間3300時間とは、毎日12時間働いて、かつ年275日働くということである。祝日はなし、土日もかなりの確率でどちらか1日は働くことになる。

しかし、これらの企業をブラック企業とは呼ばない。高い年収があるからだ。証券会社でも、やたらに働かせるが給与も高いと定評のある会社もある。賃金は高いが、身体が続かないと辞める人も多いが、あの会社で営業をしていたならと、賃金は下がるが、どこでも雇ってくれるという定評がある。

ブラック企業であるかどうか私は知らないが、そう名前の出る企業にも、そこで働いていたことが一種の信用になって、どこでも雇ってくれるようになる企業とそうでない企業があるようだ。信用になる会社というのは、それなりのノウハウを身に付けさせるということだろう。

こういう会社は、時給で考えるとそう美味しいという訳ではないが、それなりのご褒美はあるという会社である。

女工哀史と言う言葉があるが、もし工女が工場に行かなかったら何をして暮らしていたのだろうか。山本茂実『あゝ野麦峠』(角川文庫)には、「飛騨の工女のなかに(工場の)食事が悪かったと答えたものは一人もいなかった。長時間労働についても、『家の仕事より楽だった』と答えている。

それもそのはず、山の木を切り、石を片づけて焼畑を作るが、それでも1年食べるほどはなく、けわしい山に木材を背負い、雪の中で炭を焼き、ワラビ根を取る。そういう仕事を朝暗いうちから10時、11時まで夜なべをしなければヒエ飯にさえありつけなかった」と書いてある。

また、「細い糸を切れ目なくひくことにたけた工女のなかには、日露戦争の最中、年に100円稼ぐものもあった」という。当時、100円と言えば、普通の平屋なら2軒建てられる額であるという。女工哀史の雇用主は、ブラック企業ではなかった。

ブラック企業は長期の不況の中で生まれた

ブラック企業とは、賃金が安く、とてつもなく働かされ、ご褒美があるかもしれないと思わせるが、実はないという会社である。すると、なぜそこで働いてしまうのかという疑問が生じる。理由は、長い不況で、最低賃金に近い仕事が増え、そこに滞留することを人々が恐れるようになったからだ。

雇う方は、若者と主婦を好む。仕事を失ったらすぐに食うにも困る人よりも、若者と主婦を雇っていた方が、不況の時にはクビにしやすいからだ。すると、歳を取ると最低賃金の仕事でも探すのが難しいという状況になる。若いうちに正社員にならなければ、いつ仕事を失うかわからず、一生生活が不安だと、多くの人々が思っている。

ブラック企業は、正社員で採用するということで、不安な若者を取り込むことができる。正社員で雇っても、自発的退職に追い込むノウハウを持っているので、解雇の容易な非正規を雇う必要もない。社会保険料は、かなり一律だから、長時間労働させれば時間単価を切り詰めることができる。時間あたりにすれば、最低賃金なのだが、若者は、それでもここで働いた方がマシと思わされてしまう。

どうすれば良いのだろうか。政府が企業に無理やり賃金を上げさせ、非正規正社員を雇うことを禁止してもうまくはいかない。企業には、雇わないという選択肢があるからだ。

それよりも、まず、景気を良くすることだ。1990年の初めまで、日本の失業率は2%台だった。それが上昇することによってブラック企業が現れてきた。安倍総理が大胆な金融緩和を唱え、それを実現に移してから、失業率は低下し、7月には3.8%にまで低下した。昨年まで4.2%だった失業率が低下し、2%台になっていく過程で、ブラック企業は人を取ることが難しくなっていくはずだ。

ブラック企業は、労働条件に関する約束を守らない企業でもある。規制の大好きな日本の官僚は何をしているのだろうか。離職率が極端に高いからと言って、規制することは難しいが、過剰な時間外労働、名ばかり管理職を含むサービス残業(賃金不払い残業)などは規制できる。また、景気を良くすることもブラック企業対策になる。

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(※この記事は9月17日の「WEBRONZA」より転載しました)

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