今回のワールドカップ期間中は、偶然にもメキシコを旅していた。いろいろな偶然に出くわしたので、その雰囲気とともに、サッカー関連のタイムリーな話をいくつか紹介したい。
最終戦と勝利の女神
メキシコ市に着いたのは、一次リーグ最終戦の直前。おさらいをすると、メキシコは初戦で前回優勝国のドイツを破る番狂わせを演じた。第二戦で韓国を破り、F組単独一位で、リーグ突破寸前。ただ、最後のスウェーデン戦次第で暫定二位のドイツと三つ巴の大混戦も予想された。
午前9時すぎ、私は最終戦のホイッスルを見逃したが、後半に突入した時間にメキシコ市の心臓部を徘徊していた。
噂は聞いていたが、独立広場に近づくにつれ異変に気づき始めていた。メキシコの国旗を担いでいる人々やグリーンのユニフォームを着た人々が目についた。広場まであと1ブロックになると、サッカーの実況放送が聞こえだした。幹線道路のリフォルマ通りに着くと、歩いてきた道路を警官が封鎖している。
リフォルマ通りを覆う街路樹の先には群衆が見える。何かすごいことになっている気配。
「あそこは道路のはずだが、どうなっているんだ?」
群衆に近づくと彼らの視線は左方向にある独立広場に向けられている。この広場は高さ45mの黄金のニケ像を中心にした巨大ロータリーになっており、市の交通の要所だ。その広場にメイン・ステージが設置されているのだ。ちなみに、ニケは勝利の女神。あのスポーツ・メーカ、ナイキのモデルでもある。ワールドカップにふさわしい。
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360度歩行者天国
群衆はリフォルマ通りに溢れていた。通りに出てみた。メインステージに設置されたスクリーンは巨大で、遠くでも試合がよく見える。右側を見ると、道路が歩行者天国になっていることに気づいた。平日の一番混雑する時間帯にである。バス専用路線を入れると全部で8車線。この通りの交通量がわかるだろう。
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試合の様子を気にしつつも、独立広場方向へ歩いてみる。現場の全貌はというと、広場から伸びる道路の全4方向に向かって1台ずつ、ステージにはさらに2台、計6台のスクリーンが設置されていた。リフォルマ通りは広場の反対側も封鎖されているから、メキシコ市の大動脈が全長1kmあまりにわたって完全封鎖されていることになる。つまり市、いや国家を挙げた一大イベントの様相を呈していた。
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静寂と歓喜と
試合は木曜の朝にもかかわらず大勢の観客で賑わっていた。しかし、群衆はスウェーデンのゴールが決まる度に静まり返ってしまった。1点、2点と立て続けにゴールを奪われる。ドイツ戦の勝利も虚しく、このまま敗退してしまうのか?
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ところが、メキシコのドラマは続く。試合終了間際、韓国ードイツ戦の速報が流れ、決勝トーナメント進出の可能性が再浮上すると、雰囲気は一変。「エルマノ・韓国!」と兄弟同志扱いで韓国を持ち上げ、歓喜するメキシコ人たち。結局3対0で大敗したものの、一次リーグ二位通過を手にした。
その場で「メヒコ」のお祝いが始まった。ステージでは音楽が鳴り響き、ダンスが始まる。どこからともなくサッカー応援グッズやスナックの売り子が現れる。ここで現場を離れたが、数時間後戻ってみると、まだパーティーは続いていた。
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予断だが、レフォルマとは改革のこと。とくに1857年に始まった自由主義派と保守派の間の内戦はレフォルマ戦争と呼ばれる。戦争で自由主義派が勝利したものの、保守派はフランスのナポレオン3世と結び、メキシコは軍事介入されることになる。傀儡政権樹立のためにオーストリアからマクシミリアンが派遣され、メキシコ皇帝となる。最終的に自由主義派が勝利して、皇帝は処刑された。もともとマクシミリアンが皇帝通りとして建設を命じた通りだったが、レフォルマ通りに改名されて現在にいたる。メキシコは今回優勝したフランスを喜んだのだろうか?古い話だが、因縁深い歴史がある。
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もう一つのキックオフ
そんなメキシコの快進撃の興奮が冷めやらないまま、私はメキシコ市から車で3時間のセラヤに移動した。日本代表も、ポーランド戦での賛否両論があったものの、一次リーグ突破を決めていた。意気揚々としていた。これで、ワールドカップをより楽しめる。
ただ、セラヤでは、テレビ各局が映し出すもう一つのメキシコの興奮も眺めていた。翌日曜にメキシコ大統領選挙の投票が行われたのだ。メキシコの政治に詳しい人はあまりいないだろうが、私も選挙があるくらいの知識しかなかった。サッカー観戦を期待してチャンネルを回したが、どのチャンネルも政治の話題で持ちきりだった。メキシコ市の中心部では、群集が夜通し選挙運動を見守っていたようだ。
熱い投票率の謎
そんな中、メキシコ人の友人が投票に行くというので、同行した。そこで見たのは投票するメキシコ人の政治的関心の高さだった。セラヤの投票場は朝から長蛇の列ができていた。まるでディズニー・ランド。彼はあきらめて、午後の投票終了前に行くと言った。その日は車で1時間のケレタロに観光に連れて行ってもらう約束だった。
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途中、セラヤ郊外で洪水を体験した。この地域の被害のニュースが流れていた。ところで、この地域には日本の車メーカーが多く進出している。観光地や道路標識にすら日本語の標識をよく見かけるのだが、そのホンダの工場も閉鎖になったという。
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ケレタロでも、同じ投票の光景を目にした。30度を超えるであろう猛暑日に、直射日光が容赦なくふりそそぐ。日傘をさす人も見かけたが、あの長さからみて投票までに2時間はかかるんじゃないだろうか。彼は結局投票をあきらめた。
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その熱心さを横目に、友人と日本とメキシコの政治への関心度について話した。日本の投票率が低いという私の憶測(というよりも日本のマスコミの受け売り?)を取り出して、「メキシコ人は政治に熱心みたいだ」「日本の若者にも見習ってもらいたい」などと友人を立てた。ただ、少し気になったので、後でネットで調べてみると、メキシコの投票率がとりわけ高いわけでもないらしい、ということがわかった。
となると、長蛇の列ができているのは、なぜだ?政治的関心が高いわけではなく、単に選挙委員会の準備の問題かもしれないと考え始めた。そんな疑問を投げかけると、友人は、「投票するには、一年以上前に住民登録しなければならないから面倒だ。多くの人が引っ越しするけど、管理が悪いのかもしれない」「投票所に若者が多いだろう?初めて投票権を得たから、興味があって投票しに行くんだ」と教えてくれた。真実はよくわからなかったが、そういう面もありそうだ。
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選挙結果は、左派が現行政党を破った。均衡していた当初の予想を裏切ってアンドレス・マヌエル・ロペス・オブラドールが圧勝した。新たな歴史の幕開けだった。汚職、麻薬、犯罪。移民と国境問題、NAFTAの貿易交渉など。メキシコの課題は山積みだ。恐る恐る複数の友人に新大統領の評価を聞いてみたが、賛成派、反対派それぞれ。一つだけ共通していたのは、メキシコには変化が必要だということだった。
次回へ続く