世には様々なことを極める人はいるものだが、極めるということは、他人にはできない独自性を有することが条件だ。その点において相当高度な条件をクリアしているであろう、いまメディアで話題のミッションを遂行している男がいる。
例えばラーメン評論家が365日ラーメンを食べ続ける、映画評論家が365日映画を見続ける、といった365日連続○○という話題は多いが、『365日連続毎日異なるホテルを利用し続ける』というのはちょっと次元が違う。かかる経費も桁違いだろうし、拘束時間も相当だ。自宅はどうしているのだろう、どんなホテルを渡り歩いているのだろうか。疑問だらけだ。
365日同じホテルに暮らすという人は稀にいるのだろうが、それは『ホテルに暮らしている』だけであり全く性格は異なる。一週間くらい毎にホテルを変える365日ホテルステイならばハードルは低そうであるが、毎日荷物をまとめ移動し異なるホテルにチェックインし続けるとは考えただけで壮絶。
そんな過酷な日々を送っている瀧澤信秋氏へインタビュー取材を試みた。瀧澤氏はいま注目されている気鋭のホテル評論家である。「ホテルに騙されるな!プロが教える絶対失敗しない選び方」(光文社新書)などの著書もある、徹底した利用者目線のホテル評論家として活躍する一方、旅行作家として旅やホテルに関するエッセイなども多数発表しており、ファンも多い。テレビやラジオ、新聞や雑誌などメディアへの露出も数え切れないほどだ。そんな瀧澤氏が365日違うホテルへチェックインし続けることになった経緯はどういったことなのか?
―なぜ、過酷なチャレンジをはじめたのか
瀧澤氏(以下、敬称略)「ホテル評論家としてのキャリアは7年ほどになるが、本業となって正式にデビューしたのが実は昨秋で、2014年は自身に何かミッションを課したいと考えた。利用者目線でホテルを評論するためには、ひとつでも多くのホテルを知ること、利用することが肝要といった思いもあり「2014年365日365ホテルの旅」と題して2014年1月1日から12月31日まで毎日異なるホテルを利用し続けることにした。」
―どのようなホテルを利用しているのか?
瀧澤「ラグジュアリーホテルやビジネスホテルはもちろん、自身の評論対象の範疇でもあるカプセルホテルやレジャーホテル(ラブホテル)、旅館やホステル(ゲストハウス)など幅広い。」
(レジャーホテル(ラブホテル)も1人で果敢にリサーチする)
―資金はどうしているのか?
瀧澤「365ホテル旅スタート後にはメディアからのタイアップオファーなどはあったが、純粋に個人のミッションとしてスタートしたので基本的に自腹。基本的にというのは、評論家という仕事柄、ホテルから招かれて取材することなどもあり、その場合は例外的に自腹ではないという意味で、基本的には自腹である。資金は昨年末に保険の一部を解約して捻出した。」
―毎日のホテル生活で自宅はどうしているのか?
瀧澤「東京に自宅はある。365日毎日異なるホテルということは1度利用したホテルは再利用できない。東京とその近郊だけではめぼしいホテルは尽きてくるので、1週間東京→1週間地方というスパンでホテル旅をしているが、東京にいる時、日中は自宅にいることも多い。郵便も来るし洗濯物もある。それよりも、今日は久々に訪れたが、オフィスへ出向くことがほとんどなくなってしまった。ホテルの客室がオフィス代わりといえばまさにそのとおりである。」
―このミッションの1月から6月までのレポートとして「365日365ホテル 上」(マガジンハウス)を上梓されたが、内容を拝見すると、全てのホテルを実名で書いた上、30点から80点くらいの得点を付けている。これはかなり勇気がいることだと思うがホテルからクレームはないのか?
瀧澤「60項目に及ぶチェックリストを元にして忌憚なく得点を算出している。そこで見た、知ったことを事実に沿って書いている。ただそれだけ。このチェックリストは利用者目線での快適滞在に主眼が置かれている。ラグジュアリーホテルからカプセルホテル、ラブホテルまで同じチェックリストを用いているので、当然高級ホテルの得点は高く、カプセルホテルの得点は低くなる。正式取材で試泊(ホテルから招かれる宿泊)するホテルは、既に過去自腹で覆面調査して特に高得点だったホテルが対象となるいうことから、今回もそのようなホテルは概して高得点になっているが、これは招かれているから贔屓して得点が高いのではなく、単にチェックリストに添った得点となっている。」
―高い料金を支払えば良いホテルが利用でき、得点が高くなるのは当然なのでは?
瀧澤「そう、まさにこの料金でこの快適ホテル?といったコストパフォーマンスが自身のホテル評論の基本にある。そこで、本の中では「コスパポイント」を記した。高得点でもコスパポイントは低い場合があり、低得点でもコスパポイントが高い場合もある。また、取材試泊など自腹でない場合は、自身の財布から支払っていないわけだから、コスパ云々を論ずるまでもなくコスパポイントは記されていない。今のところホテルからのクレームは一度もない。この本以前にも全国誌にホテルを実名辛口批評する連載を持っていたが、こちらでも一度もクレームはなかった。とにかくまずは自腹で泊まり、見たこと、体験したことを書く。これだけは守っている。」
(カプセルホテルの利用率も高い)
―毎日異なるホテルにチェックインし続けるということがうまく想像できないのだが、苦労や思わぬ発見などはあるか?
瀧澤「慣れるまでは辛かった。毎日空気が違う居場所となるので体調を崩したこともあった。高級ホテル→高級ホテル→高級ホテルという連続はもちろん快適であるが、カプセルホテル→カプセルホテル→カプセルホテルという連続も意外に快適だ。人間は置かれた環境に順応するものなのだろう。しかし、高級ホテル→カプセルホテル→高級ホテルといった"ボン・キュッ・ボン"は体に堪えることがよくわかった。」
―今日はこれからどこへ泊まるのか?
瀧澤「まだ決めていない。チェックインの30分くらい前に予約を入れることが多い。当日限定プランや20時を過ぎると安くなるプランなど、閑散期で東京のようなホテルが多いところであればギリギリまで粘った方が安くいいホテルに泊まれることも多い。」
―あと約4ヶ月、120ホテルほど残しているがゴールに向けての抱負は?
瀧澤「365日365ホテル 上では、めぼしいホテルはなるべく利用せず「残しておいた」ので、下半期は素晴らしいホテルが続出している。そのような意味で、慣れたことに加え、お気に入りホテルを残してある下半期は楽しく毎日チェックインしている。下半期のバラエティに富んだホテルのラインナップにも是非期待してほしい。」
インタビューを終えると氏は、小さなバックを携えて飄々と街中の雑踏へ消えていった。その姿は一見旅人でない。然るに氏の日常生活そのものが、壮大な旅の途中であることに改めて気付かされた。
■瀧澤信秋(たきざわ・のぶあき)
ホテル評論家、旅行作家。オールアバウト公式ホテルガイド、ホテル情報専門メディアホテラーズ編集長、日本旅行作家協会正会員。ホテル評論家として宿泊者・利用者の立場から徹底した現場取材によりホテルや旅館を評論し、ホテルや旅に関するエッセイなども多数発表。テレビやラジオへの出演や雑誌などへの寄稿・連載など多数手がけている。2014年は365日365泊、全て異なるホテルを利用するという企画も実践。著書に『365日365ホテル 上』(マガジンハウス)、『ホテルに騙されるな! プロが選ぶ絶対失敗しない選び方』(光文社新書)などがある。
ホテル評論家瀧澤信秋オフィシャルサイト
取材・構成:後藤卓也/Traicyメディアグループ編集長
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