イタリア北部・ジェノバ湾に面したリグーリア州。フランスとの国境に近い海岸に、インペリアという古都がある。この町の西側の「ポルト・マウリツィオ」と呼ばれる地域は、中世からのたたずまいをそのまま残している。
聖マウリツィオ教会に向かって右側の路地を入ると、13世紀頃の市外の壁の跡が残っている。入り口の上部には、2人の天使が町の紋章を掲げる浮き彫りが残っている。磨り減ってでこぼこになった石段をのぼると、そこには天井にアーチを施した穴倉のような空間が残っている。壁には3ヶ所に小さな木の扉がはめこまれている。これは、中世の商店の跡である。
ポルト・マウリツィオには、至る所に迷路のような路地がある。狭い路地は、昼でも暗く、窓からは洗濯物が干してある。建物と建物の間には、小さな橋のような構造物が取り付けられている。路地の上の空間を利用して部屋が作られていることもある。このため旧市街は、迷路か洞窟のような印象を与えるのだ。
半ば朽ち果てたようなパラッツォ(中世から近世にかけての邸宅・館)を通り過ぎる。ドイツならばこのような建物を修復して、再利用するのだろうが、イタリアではそのようなことをせず、200年前、300年前のままの状態になっている。オレンジ色や黄色の壁が、長い年月にわたって風雨や地中海の強い陽光にさらされて、独特の渋い色合いとなっている。修復するためのお金がないという事情もあるだろうが、人々がこのような古風な雰囲気を愛しているせいでもあるだろう。我々異邦人にとっては、この「侘び・さび」がイタリアの迷宮都市の魅力である。
路地には至る所に祠(ほこら)があり、聖母マリアの小さな像が壁に取り付けてある。道を通る人々の安寧を祈って作られたものだ。私はこれを見て、日本の道祖神やお地蔵さんを思い出した。マリアの像の上には屋根のような廂(ひさし)が取り付けられており、聖母が雨に濡れないようになっている。祠には赤や黄色の薔薇の花が供えられており、人々の聖母信仰が今も続いていることを物語っている。
インペリアは海に面しているので、暗い路地の先には紺碧の地中海が広がっている。その色彩のコントラストに、多くの人が息を呑むだろう。
(文と写真・ミュンヘン在住 熊谷 徹)
保険毎日新聞連載コラムに加筆の上転載
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