今年に入ってから、北アフリカや中東から漁船などに乗って欧州に渡ろうとする難民が急増している。4月末までにリビアやシリアなどから約100万人の難民が、イタリアやギリシャなど南欧諸国にたどり着いたと推定されている。しかし、満員の漁船が荒天のために転覆する例も多く、今年1月から4月末までに約1500人が溺死した。
後手に回るEU諸国
「地中海はアフリカからの難民たちの墓場になる」。このような見出しが欧州各国の新聞の1面に掲げられた。多くの報道関係者、そして市民たちは欧州連合(EU)が難民の増加、そして海上での救援体制の整備について、有効な対策を打ち出さないことについて、いらだちを隠さない。
しかも、この悲劇は今回が初めてではない。2013年10月3日に、イタリア南部のランペドゥーサ島の近くで、難民の乗った船が沈没し、366人が溺れ死んだ。その8日後には、マルタ島の近くで500人の難民が犠牲となった。
このためイタリア政府は、同年10月に難民救助作戦「マーレ・ノストルム」を開始。フリゲート艦や上陸用舟艇など5隻の軍艦やヘリコプターを投入して、難民の救助にあたった。
イタリア海軍の900人の将兵たちは約600回出動して約14万人の難民を収容、救助し、マーレ・ノストルム作戦は一定の効果を挙げた。しかしこの作戦には、1年間で1億1000万ユーロ(143億円・1ユーロ=130円換算)の費用がかかった。
イタリア政府は、「資金の捻出が難しい」として、2014年10月31日にマーレ・ノストルム作戦を打ち切った。だが作戦打ち切りの背景には、資金難だけではなく、アフリカや中東で「イタリア海軍に救助される可能性が高まり、海路による亡命の危険が減った」という見方が強まり、難民の数がさらに増えるのではないかという懸念もあった。
マーレ・ノストルム作戦が打ち切られた後は、EUの国境を警備するFRONTEX(欧州対外国境管理協力機関)が、トリトン作戦を開始した。だが艦艇の捜索範囲は、イタリア軍の難民救助作戦とは異なり、沿岸から30マイルの海域に限られていた。難民の海難事故の大半は、この海域の外で発生している。さらに、この作戦にあてられた年間予算額は約3000万ユーロで、マーレ・ノストルム作戦の3分の1程度にすぎなかった。
EUは難民救助体制の強化を!
世論の批判が高まったため、EUはきゅうきょブリュッセルで首脳会議を開き、トリトン作戦の予算を3倍に増やした。
さらに、ドイツ政府は5月中旬から、フリゲート艦「ヘッセン」など2隻の軍艦を難民救助のために地中海に投入し始めた。
EU諸国は、難民救助のための努力を強化するべきだ。EUは、第二次世界大戦の惨劇を教訓として生まれた国際機関であり、人権の擁護を大義名分としている。したがって、中東やアフリカの難民が欧州を目前として海の藻屑と消えるのを、拱手傍観することは、EU創設の理念に反する。
だが現在欧州が直面している状況は、難民危機の序幕に過ぎない。特に最も憂慮されているのがシリアの状況だ。同国ではすでに内戦や虐殺のために約20万人が死亡。国連難民高等弁務官(UNHCR)によると、戦火を避けてトルコ、レバノン、ヨルダンなどに避難しているシリア人の数は、398万人に達している。トルコ1国が受け入れた難民の数は、160万人にのぼる。
ドイツに80万人が亡命申請か
いわゆる「アラブの春」によって、リビア、エジプト、チュニジアなど北アフリカや中東の国々の一部では国家秩序が崩壊もしくは大きく動揺している。さらにテロ組織「イスラム国(IS)」は、シリアだけでなくイラク政府にとっても脅威となりつつある。
現在これらの国々では、亡命を望む人々から金を取って欧州へ移送する業者たちが暗躍している。シリアから家族とともにドイツへ亡命したある女性は、家族3人と国外へ脱出するために、5000ユーロを業者に払った。もしこの女性がシリアに残っていたら、確実な死に直面するだけだった。このため彼女は、地中海で船が沈没して溺死する危険をおかしても、業者に命を託したのである。
さらに、地球温暖化や気候変動による旱魃が、将来アフリカでの食糧不足に拍車をかける危険もある。その場合、アフリカから欧州を目指す難民の数はさらに増えるだろう。
これに加えて、欧州連合が域内の移動を自由化したことを利用して、ブルガリア、ルーマニア、さらにEU域外のコソボなどから西欧諸国で亡命を申請するシンティ・ロマ(いわゆるジプシー)も増えている。彼らは、「東欧諸国で差別されているので、亡命申請した」と主張している。
ドイツ連邦議会・議事堂(筆者撮影)
メルケル政権は8月18日に、「今年ドイツの亡命申請者の数は80万人に達する」という予測を発表し、これまでの見通しを大幅に引き上げた。これは、第2次世界大戦後、最も多い数字だ。(これまで最も多かったのは、ベルリンの壁崩壊後に東欧からの亡命申請者が急増した1992年で、43万8000人だった)。
だがコソボなどでは現在地域紛争は起こっていない。このため、大半の亡命申請者は経済的な理由でドイツにやってきているものと見られている。実際、バルカン半島からの難民の内、ドイツへの亡命を認められたのは全体の1%にも満たない。しかしドイツでは亡命申請を却下された外国人を強制送還するための係官の数が圧倒的に不足しているのだ。
経済大国に求められるリーダーシップ
ドイツの地方自治体は、現在も難民の受け入れ態勢の整備に苦労している。予算や人手が圧倒的に不足している。旧東ドイツでは、亡命申請者を住まわせる予定の住宅が放火されるなど、極右勢力が不気味な動きを見せ始めている。
ドイツは、EUで最も豊かな経済パワーである。この国は先進国で最も多い貿易黒字を記録し、連邦政府の財政収支も黒字になった。ドイツが戦火に追われて着のみ着のままで逃げてくる市民に救いの手を差し伸べることは、当然の義務だと思う。連邦政府は、地方自治体への財政支援を増やすべきだ。
さらに、EU各国では難民の受け入れに批判的なポピュリズム政党が支持率を増している。難民数の増加は、これらの政党をさらに躍進させるかもしれない。伝統的な政党にとっては、なぜ難民を助けるべきなのかについて、国民を納得させる必要がある。
欧州諸国にとって、難民増加は21世紀最大の政治問題、社会問題につながるかもしれない。
ドイツ・ニュースダイジェスト掲載の記事に加筆の上転載。
筆者ホームページ: http://www.tkumagai.de