バイエルンの老舗パン屋もエコロジー志向

ドイツ人にとってパンは、日本人の米に匹敵する最も重要な食品である。日本ほど食生活が多彩ではないドイツだが、パンの種類は300を超え、2013年に消費された量は190万6000トンにのぼる。

冬の朝8時のミュンヘン市は、まだほの暗い。それでも、市内のあちこちにあるパン屋「ホーフ・プフィステライ(Hofpfisterei)」には、通勤客や主婦らがパンを買うために並んで順番を待っている。棚の上には、「農民のパン」と呼ばれる、直径が30センチを超える黒パンがずらりと並ぶ。

ガラスケースの中にも、南ドイツ特有の輪になったパン(ブレーツェル)や、ゴマやかぼちゃの種が表面に付いた丸パン(ブレートヒェン。南ドイツではゼンメルと呼ばれる)などが置かれている。

ミュンヘン市内のパンの老舗「Hofpfisterei」の店頭にて。(筆者撮影)

最も人気があるのは、酸味のある黒パンで、26種類を取り揃えている。ライ麦や大麦、カラス麦などの比率を変えることによって、風味に変化をつけている。黒パンの表面はかなり堅いので、切るには力がいる。

店員は、客に求められると、電動のこぎりのような機械で黒パンをすばやく薄く切断する。店の中に、パンの香ばしい匂いが広がる。黒パン以外の白パンも、41種類と豊富だ。土曜日の昼頃に行くと、パンが売り切れてしまい買えないこともある。

ドイツ人にとって、パンは日本人の米に匹敵する、最も重要な食品である。日本ほど食生活が多彩ではないドイツでは、夕食はパンだけで済ませる家庭も少なくない。日本やイタリアに比べると、ドイツ人は粗食である。

しかし、焼きたてのパンだけは美味しいと思う。この国には、300種類を超えるパンがある。パン製造業中央連合会によると、2013年にドイツで消費されたパンの量は、190万6000トンにのぼる。それだけに、ドイツの町では至る所にパン屋があり、競争が激しい。

その中でもミュンヘン市では、ホーフ・プフィステライ社のチェーンが絶大な人気を誇る。社名は、「王室のパン屋」という意味。このパン屋の起源は、1331年頃にミュンヘンの中心部に開かれたパン屋である。ミュンヘンを支配した王族・ヴィッテルスバッハー家にパンを納入する、王室御用達のパン工房だった。

中世から続くパン屋Hofpfistereiの紋章(筆者撮影)

有名なビアホール「ホーフブロイハウス」にも近い場所だ。現在ホーフ・プフィスタライを所有するシュトッカー家は、1917年にパン工房を引き継ぎ、戦後ミュンヘン西部に工房を移した。

ホーフ・プフィステライの人気の秘密は、「エコロジー製法」。同社は、パンの材料には有機農法で栽培された穀物だけを使い、保存料などの添加物を一切使わないと説明する。そして効率を重視する製パン法をあえて避け、パン生地を24時間寝かせる。同社は「時間をかけることによって、パン生地の中の酵母や乳酸が、独特の味わいを生み出すのです」と主張する。

さらに、パン生地を耐火粘土製のかまどに入れて、200度の温度で2時間にわたり焼く。作業工程に時間をかけることによって、黒パン独特の堅い外皮が出来上がり、香ばしさが生じる。

つまりホーフ・プフィステライは、ドイツ人の消費者が最も好む2つの要素「添加物を使わない、エコロジー食品」と、「伝統性」を兼ね備えているのだ。これが、910人の社員で約630万ユーロ(88億1700万円・1ユーロ=140円換算)の年商を稼ぎ出す秘密である。

ドイツのパン屋では、通常自分でパンを取るのではなく、ガラスケースの向こうにいる店員に、どのパンが欲しいかを言わなくてはならない。これに対し、自分でパンを取ってレジへ行く「セルフ・サービス」式パン屋は、低所得層かドイツ語を話せない外国人向けだ。セルフ・サービスのパン屋に比べると、ホーフ・プフィステライのパンの値段は10%くらい高い。

だが小売店に商品の差別化が求められている今日、値段は割高でも「伝統」と「エコロジー」によって高品質の食品を提供する店は、今後も消費者の支持を得るに違いない。

チェーンストア・エイジ掲載の原稿に加筆の上、転載。

(文と絵と写真・ミュンヘン在住 熊谷 徹)

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