横田基地の第2ゲート(写真提供:西多摩新聞社)
東京都の猪瀬知事は、米軍横田基地(福生市など)を民間航空と共同利用する、いわゆる「軍民共用化」の実現を東京五輪の開催を契機として、日米両政府に強く求めていく方針だ。9月18日に開会した都議会で表明した。ことの経緯を知らない人にとっては唐突に思えるかもしれないが、実は「軍民共用」は石原前知事の時代から提唱され、日米の政策課題として持ち上がったこともある。
浮かんでは消え、一向に進展しないこの「幻の構想」について、地元自治体の反応はさまざまだ。かつて地元紙の記者として取材していた立場から、状況を簡単にまとめておきたい。
■経済効果は1610億円?
横田基地は、都心から西へ約40kmに位置し、福生市、羽村市、昭島市、武蔵村山市、立川市、瑞穂町の5市1町で構成されている。東京都の資料によると横田基地内には長さ3350mの滑走路(羽田空港は3000mと2500m)があり、これを民間機が利用できるようにすることによって、増大する首都圏の航空需要に対応しようというわけだ。
首都圏の航空機能は羽田、成田と東部に偏重しており、横田基地の「軍民共用」が実現すれば、東京多摩地域、埼玉県、山梨県などに住む人にとって利便性は格段に上がる。ビジネス客の利用も予想され、地元経済に好影響が出る可能性が高い。2006年に統計研究会が発表した推計によると、2022年の時点で経済効果1610億円、国内航空旅客560万人、雇用効果8850人の潜在的需要が見込まれるという。
こうしたことから、主に経済界からの期待は大きく、多摩地域の商工会など26団体は2005年11月に「横田基地軍民共用化推進協議会」を発足。地元の6青年会議所が2006年に発表したアンケート調査(1340人が回答)でも、「軍民共用」に56.8%が賛成し、「地域経済が繁栄する」との回答は70.9%に及んでいる。
■地元からは「実現は不可能」の声も
しかし、当然、騒音公害の増大やテロなど安全性の問題から反対する声も大きい。また、2012年からは横田基地に航空自衛隊の航空総隊司令部が移転し、ミサイル防衛などで日米間の連携を図る「軍軍共用」が始まっている。1都8県に及ぶ米軍管理下の「横田空域」も全面返還されないままだ。こうした現状から、そもそも「軍民共用」は実現が不可能な絵空事だと見る向きが地元にはある。
実際に、今回の猪瀬発言を「また言い出したのか」と冷ややかに見る地元関係者は多い。これまでの経緯を振り返れば当然の反応だと言えよう。「軍民共用」が石原前都知事からの構想だったことはすでに述べたとおりだが、2003年には小泉、ブッシュ日米両首脳(当時)が「軍民共用」の実現可能性を検討することで合意したほか、2006年に公表された米軍再編の最終報告でも具体的な条件について検討するとされていた。
しかし、実際に進んだのは基地機能を強化する「軍軍共用」だった。安全保障上の問題が絡んでいるため、東京都の意向だけで決められる問題ではないのだ。
今回の発言を受けての反応はさまざまで、筆者が自治体に聞き取りしたところでは、武蔵村山市が賛成、瑞穂町、昭島市が反対、福生市、羽村市、立川市が態度を明らかにしていない。ある自治体の担当者からは「猪瀬知事のパフォーマンスではないか」「地元への具体的なメリットが不透明」との声も聞かれた。
特に滑走路の延長上に位置し、騒音問題が深刻な瑞穂町と昭島市では反対論が強く、瑞穂町と町議会は1999年に石原前知事が就任して以来毎年、「軍民共用」に反対する陳情を外務大臣に対して行っている。陳情書では、「万が一、これ以上の騒音の増大をもたらす軍民共用化を推進するならば、基地そのものに対する反対運動が予想される」と、東京都の姿勢に釘を刺している。
一方、態度を明らかにしていない福生市は、横田基地の構成面積が一番広い自治体だ。しかし、騒音問題などに加えて、基地は迷惑施設であり、「ないことが望ましい」という原則論から、基地利用についての問題はアンタッチャブルとなっている。「軍民」を認めることで、基地の恒久化に繋がるとの批判もある。先日、加藤育男・福生市長に対して「軍民共用」についてのインタビューを申し込んだものの、担当者から「状況を注視していく」という立場が伝えられただけだった。同市の難しい立場が伺えよう。
また、地元の経済界も一枚岩だというわけではなく、前述した「推進協議会」には福生市、昭島市、瑞穂町の商工会は参加していない。東京都商工会連合会に確認したところによると、「推進協議会」自体が現在、休眠状態にあるようだ。
地元にとって、横田基地の「軍民共用」は浮かんでは消える幻の構想だ。一喜一憂するだけで、ほとんど進展がないという肩すかしを何度も食らっているため、今回の猪瀬発言に対しても現在のところ目立った反応はない。猪瀬知事はどこまで本気で発言しているのか――。地元自治体や住民は静かに注視している。