看護学生や看護師に「教えられる人材」を育てていこうと、2015年4月から星槎大学大学院で看護専門職通信教育を開始して丸2年になりました。医療人材の不足だけでなく質の低下への懸念も叫ばれる中で、長期的な視点に立って看護師不足を解消していこうと考えて開講しました。そして同大学院の看護教育研究コース1期生の修了が決まりました。2年間の頑張りを経て6名の大学院生が教育学修士号を取得して、これから各地でさらに活躍していくことになります。
通信教育だから授業の映像を見てレポートを書けば単位がもらえると思われる方もいるでしょうが、この大学院ではそう簡単にはいきません。そこでしっかり「考える」場数を踏んで1期生はみなとても成長しました。昨年は看護教育研究コース開始からの1年をたどりました(http://medg.jp/mt/?p=6742)。ここでは、看護専門職通信教育開講から初の修了生を出すまでの2年を振り返って見えたものとこれからについて触れていくことにします。
今年の2月に修士論文審査会が行われました。2年かけて進めてきた自身のこれまでの研究成果を発表する場です。さらに、「審査」会ですから、審査官からの研究内容への質問にしっかりと答える必要があります。4名が看護師として、2名が看護教員としてそれぞれ臨床や教育の現場で普段働いている姿からは想像もつかないくらいに、みな緊張の面持ちで審査会に臨みました。
審査会から遡ること1ヶ月、大学院生はみな修士論文の提出締め切りに追われていました。論文が完成して提出が済んでから、入学初年度に一期生と何度も研究テーマや計画などを話し合ったことを思い出しながらそれぞれの「作品」を読みかえしてみました。ほとんどの大学院生が学術研究の計画から論文執筆までを自分で手がけるのは初めてでした。
計画・方法・結果・考察、といった研究の骨子となるパーツを「自分も相手もわかるように表現すること」に常に悪戦苦闘してきました。6名の大学院生のテーマは、3名が看護師の現任教育、1名が労働環境、1名が看護学生の実習環境、1名が看護教育での教育技法でした。研究計画通りに進められたことよりもスムーズにいかなかったことの方が多かったかもしれません。
研究動向を調べながら明確なリサーチクエスチョンを設定して、それを明らかにしていく方法を決め、各フィールドで調査をして、その結果をまとめて考察していく、という研究論文を作り上げるまでの一連の流れは大きな労力を要します。着想から、苦労して積み上げた研究データを出し尽くすように、そしてそれぞれの研究の中で達成できたこと・達成できなかったこと、その研究結果の応用範囲、これから取り組むべき課題まで考えてもらいながら修士論文完成へ向かってもらいました。
1期生の話を聞くと、研究が計画倒れにならずに続けられた最大の要因は、現場の協力でした。それが臨床現場であっても、教育現場であっても、協力が得られるように研究者から働きかけることは大事だとあらためて感じられます。通信制大学院への希望者には仕事を持ちながら勉強することを選択する方が多いわけですが、自分のフィールドを持っている点は、研究を進める上でも大きなアドバンテージになっています。
十分な計画を立て、相手がわかるように研究趣旨を説明して、相手に協力の承諾をもらう、こういった一連の働きかけは自分1人だけではなかなか「腰が重く」なりがちです(もちろん研究の1つのやり方であってそれ以外のやり方で進めている大学院生もいます)。そこで、看護教育研究コースでは、それぞれのフィールドの強みを生かした研究を進められるように様々な形でそのサポートをしていくことを重視しています。
先に「考える」場数と言いましたが、1期生が経験した場数の最たるものは、3度にわたる大学院全体での研究発表会でした。この研究発表会を「他流試合」と表現していた1期生がいました。これは、病院勤務の医療者で行われるカンファレンスでも、看護教員で行われる委員会やカンファレンスでもありません。同業者が集まって職場で行われる「会議」とは大きく異なります。
いつものところでいつも通じているはずの言葉はそこでは通じません。大学院生の多くは学校教育に携わっている現職の教員の方々です。決められた時間の中で、専門用語を使い過ぎずに研究内容をわかりやすく説明する、なおかつ自分の進捗と研究成果をアピールすることが求められます。
また、発表後の質疑応答も「いつもの」看護系・医療系の学会とは異なるので工夫が必要です。自分が伝えようと思っていたことがうまく伝わっていないと、質問を受けて初めて実感した大学院生もいました。この研究発表会は、聴衆(そして座長)のバックグラウンドをもとにそれに合わせた発表を考えるとてもいい「訓練」になったといえます。
1期生の修士論文審査会の1週間前に、審査会直前講座を開きました。私と2名の大学院生、そしてもう一人の指導教員である児玉ゆう子先生(2016年度から看護教育研究コースを一緒に進めています)と4名の大学院生が2グループに分かれて横浜と福島をテレビ会議でつないで行いました。それぞれの研究内容のプレゼンテーションをしてから、想定される質疑応答の練習と、発表スライドの確認をしました。審査会を前に、準備できる安心感と当日の緊張を少しでも減らす目的で開いたのですが、同期の大学院生の発表準備を参考にしながら自分の発表内容を修正していた姿に彼らの成長を感じました。
そして修士論文審査会に話を戻します。審査会では、研究内容のプレゼンテーションと審査官からとの質疑応答にそれぞれ20分ずつあてられました。直前講座から審査会までの1週間で発表内容をさらに改善してきたのでしょう、1期生の6名はそれぞれ自分がやってきたことをスライドや資料を使いながらながらしっかりと示していました。それから研究内容への質問が始まり、内容や表記への指南を審査官から受けていました。研究の限界を指摘するような答えにくい質問が出されても何とか彼らは持ちこたえていました。
また、看護管理職の研修プログラムをテーマにしたある1期生は、審査を終えてから審査官に「ぜひ次回以降の研修の報告も聞かせてください」とコメントをもらっていました。これからにもつながる研究ができたことを示す評価だといえると思います。審査会を終えて燃え尽きたような面持ちの1期生に聞くと、緊張が強くて自分の発表に自信が持てなかったとのことでしたが、聞いていた私はとても堂々とした発表だと感じました。
それぞれが作り上げた修士論文は完璧とは言えないまでも、今回の研究でどこまでが明らかになったのか、どこから先がこれからさらなる研究で明らかにしていくことなのか、そういった線引きができた内容ではないかと思っています。ちなみに、看護教員をしている2名の1期生は、審査会の翌日に看護師国家試験を受ける看護学生のために、足早に帰路につきました。学生の国家試験対策と自分自身の修士論文の両輪を回すタフネスに感心しました。
6名の研究がそれぞれ現場でどのように活用されていったかを簡単に振り返ってみます。ある大学院生は、まれに起きる重度の造影剤副作用への看護師の対応を向上するためにシミュレーション教育を導入しました。重症度に応じて作成した臨床シナリオの評判がよく、さらにシナリオのバリエーションを増やしていくことになりました。
また、3名の大学院生は、(1)新規入職看護師と中途入職看護師への教育プログラムの導入、(2)看護管理職向けの院内研修プログラムの導入、(3)看護師の職場コミットメント調査、を同一職場で行いました。これらの研究は病院での看護師定着のための「3部作」として職場環境改善に大きく貢献していくはずです。
ある大学院生は、看護専門学校の在宅看護実習環境整備に取り組みました。学生側と指導者側双方の「進めやすさ」をねらった実習環境整備はこれから毎年行われていく実習プログラムの改善につながります。またある大学院生は、看護基礎教育で用いられてきた教育技法を初等中等教育でのそれと比較しながら変遷をたどりました。看護学生になるまでの素養を年代ごとに追跡でき、自分で考えて判断できる看護学生を育てる大きな参考となりました。この結果を職場の他教員と共有していくようです。今回のそれぞれの研究をもとに、次の研究につなげていってくれることを願っています。6名それぞれの研究内容を概括しましたが、詳細は各人の言葉で綴って皆さんにご紹介できればと考えています。
看護師としてさらに臨床経験をつむ者、看護管理職として磨きをかけていく者、看護学校教員として学生を指導していく者、大学院を卒業した1期生はこれからそれぞれの道を進むことになります。多忙な職場でそれぞれ勤務をしながらも、2年の修士課程を無事に終えられたのはなぜだろうと考えました。
その皆さんに共通していたものは、協調性と柔軟性だったと思います。実は、この1期生6名のチームワークのよさは初年度から際立っていました。全員が示し合わせて同じ科目を受講していたということではありません。どんな科目のどんなところがよかったか、どんな準備をしていったか、といった科目履修の情報を共有することはもちろん、研究の進捗を確認する場で互いにアドバイスをして励ますことができていたのは私も驚きました。
研究計画の実行、結果の解釈、論文の作成、それぞれの場面で私や児玉先生から出すアドバイスを受け止めて修正できる姿勢もよかったと感じます。職場が違う者同志で支えあって学習を進めるのはそう簡単なことではないはずです。1期生のチームワークとピアサポートは、後続の大学院生たちにもいい刺激になっています。
ここまで看護教育研究コースで大学院生と研究の相談をいくつもしながら、彼らの研究の進みに拍車をかけるのは、「自分がやりたいこと」だけでなく、いかに「周りの役に立つこと」であるかを示すことではないかと思っています。医療人として「人のためになる」という条件は研究への大きな推進力を当人に与えると、今回の1期生の研究を進めながら実感しました。文章を書くことでは1期生全員が本当に苦労しました。その苦労が詰まった修士論文は在校生への最高のプレゼントになるはずです。それだけでなく、6名の修了生にはぜひ在校生やこれから入学してくる大学院生のよきアドバイザーになってほしいと思います。
先日、新たに大学院入学希望の問い合わせを受けました。ある1期生から大学院の様子を聞いたとのことでした。その1期生が看護学校で担当している授業が「パワーアップ」したことに刺激を受けたことがきっかけで、その方は大学院へ進みたいと思ったようです。この大学院で実際に学んだ経験者に影響を受けて入学を希望する方がでてくることは本当にうれしいことです。さらに、その入学希望の方が大学院でやってみたい研究の構想をその1期生に相談したそうです。
相談内容を見て、1期生は、「この言葉の定義はどのようなものか」「この文章の結論はどのようにして導かれたのか、何か根拠になる論文を読んだのか」といったアドバイスをしました。「2年前の自分よりは、見る視点が少しですが明確になったような気がします」という1期生の知らせもまた、私にとってとてもうれしいものとなりました。
1期生が無事に修了できたのは、各人の頑張りはもちろんのこと、児玉先生をはじめ大学院の先生方のサポートのおかげだと強く感じています。後続の大学院生たちも、仕事や家庭とのバランスを取りながら修論研究に取り組んでいます。研究の相談での大学院生のレスポンスが早くなってくると、その大学院生の研究の「スイッチ」が入ってきたことを感じます。
1期生が体験してきたように、在校生にも医療現場とは違う「他流試合」を通してそれぞれの大きな力にしてほしいです。そして、スタンダードからできるだけ外れないことがよしとされる普段の現場とは違って、新規性や独自性をアピールする研究の難しさを存分に味わってほしいと思います。私自身も学ぶことが多かった2年間でしたが、これからも志の高い大学院生が様々な現場で核として活躍していけるように指導していこうとあらためて感じています。
(2017年3月22日「MRIC by 医療ガバナンス学会」より転載)