公職選挙法の問題がはっきりわかっているのに、なぜ、法律が改正されないのだろうか。
国会法によれば、衆議院議員はだれでも、二十名の議員の賛同とともに法案を衆議院に提出することができる。
それならば、たとえば、現在の公職選挙法に街宣車からの連呼を禁止する条文を付け足して、二十名の同僚の賛成の署名を集め、衆議院事務局に提出すればよい、はずである。
しかし、実際には衆議院事務局は、その改正案を受け取らない。
党の執行部の署名をもらってきてくださいという一言とともに、あなたの改正案は突っ返される。
今日現在、ほとんどすべての政党が、衆議院事務局に対して、執行部の認めたもの以外の法案は受け取らないようにしてほしいと要請し、事務局は慣例に従って受け取らない。
自民党の場合、法案の提出には幹事長、総務会長、政調会長、国対委員長の署名が必要で、いずれかが欠けた法案は、提出できない。
国会法にも衆議院規則にもそんなこと書いていないが、それが「慣例」なのだ。
私が一回生の時、臓器移植法案の改正案というものを作り、国会に提出を試みたが、瞬時にこの「慣例」の壁にぶち当たった。
ならば、衆議院事務局を裁判に訴えてとも思ったが、すでに司法の場でその答えが出ていた。
立法府が自分でどのような運営ルールを決めようが、それは立法府の裁量の範囲であって、司法府が介入すべきものではないというのがその答えだ。
ではおとなしく党の四役の署名をもらおうと思っても、それも簡単ではない。
自民党の場合、まず、その法案に関連する党の部会に改正案を提出し、了承をもらわなくてはならない。
公職選挙法の場合、総務部会になる。
しかし、総務部会にかかる前に、党の選挙制度調査会という別の会議にかけられることになるだろう。(運が良ければ、総務部会・選挙制度調査会合同会議で審議してもらえる。)
部会での承認は全員一致が基本だ。政府が出す閣法の場合、多少、反対があっても、部会長一任などの逃げ道があるが、議員立法の場合は、もう少しハードルが高い。
とくに街宣車の連呼を禁止するなどという抜本的な改正には、必ずしつこい反対意見が出るだろう。
現在の制度を抜本的に変えようという法案には、必ず、現在の制度を維持しようとする側からの反対意見が出る。
そうなるとさらに検討を、ということになって改正案は日の目を見ない。
部会を通っても、さらに政調審議会、総務会という関門が待っている。どちらも全員一致が原則だ。
とくにうるさ型の議員が総務に就任すると、ここは厄介な関門になる。
これまでも様々な法案が、こうして葬られてきた。たとえばサマータイムを導入しようという法案、基礎年金を税方式に変更する法案や厚生年金を積立方式にする法案、代理母による出産を認める、あるいは禁止する法案、日本人と外国人との間の子供に二重国籍を認めようとする法案、国内でのカジノを認めようという法案、民法772条の改正案等々などなど。
代理母を認めるのか禁止するのか、党内で意見が分かれてしまうとどちらの法案も国会に提出されない。結果、法の空白ができてしまい、勝手に現実が先行するといった事態に陥る。
2000年には、再生可能エネルギーの固定価格買い取り制度を導入する法案の議員提案が着々と進んでいた。おそらく本会議で採決をすれば成立したかもしれない。しかし、各党内で電力会社と経産省の意を受けた議員たちが反対し、法案は提出に至らなかった。
このルールの唯一の例外が、臓器移植法案と2009年のその改正案だ。
脳死は死なのかどうかという問題にそれぞれの党内で一致を見ることができず、その間に、国内で移植を受けられない子供たちが次々と亡くなっていった。
とうとう各党の執行部が、党議拘束をかけずに、つまり党内の意見が一致しなくとも、法案を国会に提出することを了解した。
ただし、それにも10年近い歳月がかかった。
党内で意見が分かれているにもかかわらず、法案が国会に提出されて、党議拘束がかからずに採決された唯一の例がこの臓器移植法改正案である。
この法案の事前審査というルールがある限り、根本的な意見の違いがある法案は審議されにくい。
本来ならば、そうした法案の賛否こそ、きちんと記録され、次の選挙での投票の参考にされるべきものなのだが。
じゃ、どうすればよいのですか、と尋ねられたことがある。
執行部が変えようとすれば、変わる。
現にイギリスでは、政府と与党の執行部の最大の仕事は、与党議員を説得し、政府案に賛成させることだ。
メージャー政権のころは、しょっちゅう政府提案の法案が与党議員の造反で否決されていた。
翻って日本では、党議拘束に違反して、震災直後に国会を延長する採決で賛成すると、役職停止1年という処分が下される。
今のやり方ならば、執行部は国会をかなり確実にコントロールすることができる。だから、執行部になると、今のやり方を変えたがらない。(今のやり方が正しい議院内閣制だと勘違いしている議員も相当いるだろうが。)
まず、政権公約に載せていないような問題から、党議拘束を外したらどうだろうか。
(※この記事は、2013年7月9日の「河野太郎公式ブログ ごまめの歯ぎしり」から転載しました)