「世界一美しいサル」といわれるアカアシドゥクラングールの赤ちゃんの人工哺育に、よこはま動物園ズーラシア(横浜市)が奮闘しています。去年、めすの「ムー」(1歳)で国内で初めて成功し、いまは生後4か月のおすを育てています。生息地では絶滅が心配され、繁殖の技術の確立を目指します。
「知らない人を見るとまだ緊張するみたいです」。屋内の飼育ケージで育てているおすの赤ちゃん(約1100グラム)とムー(約1300グラム)を抱いて取材に対応してくれた飼育係の川口芳矢(かわぐちよしや)さん。2頭は川口さんの腕をぎゅっとつかみ、大きな黒い目で記者の方を見ていました。雰囲気に慣れてくると元気に飛びはね始め、カメラにも興味津々でした。
東南アジアのベトナムやラオスなどの熱帯雨林にすむオナガザル科のサル。成長すると灰色や黒、赤茶、オレンジなどのカラフルな毛色になります。大きな黒目や印象的な髪型を持ちます。世界一美しいといわれる理由です。
国内でアカアシドゥクラングールを育てている動物園はズーラシアだけで、赤ちゃん2頭をふくめ計6頭います。飼育は難しいとされます。例えば、親は木の葉が主食ですが好き嫌いがあるため、飼育係がトウネズミモチやシラカシなど好みのやわらかい葉を探し出しました。親の飼育は約10年の経験を積んできましたが、ズーラシア初となる出産や人工哺育は苦労の連続でした。
2013年12月に生まれたムーは、母親の体調不良や母乳が十分に出ないことから人工哺育に切り替えました。飼育係は同じ木の葉が主食のサルの人工哺育などの例を参考に育てましたが、ミルクを与えてもはいたり下痢をしたりとうまくいきません。
「ちゃんと栄養を取れていない。このままではだめかもしれない」。危機感を持った川口さんらは、ミルクの種類や濃度を何度もかえて最適なものを探しました。大人の体内にある木の葉を分解する微生物を移そうと、父親の胃の中のもの取り出してムーの体に入れました。飼育係と触れ合う時間を増やしました。
生後3か月ほどたってから少しずつ体重が増え、元気も出てきました。いまではおてんば娘です。おすの赤ちゃんは、14年8月にムーとは別のペアから生まれました。親が赤ちゃんを傷つける可能性があり、2匹目の人工哺育になりましたが、ムーの世話の経験を生かし最初から健康にすくすくと成長しています。
「赤ちゃんを母親からとりあげる飼育係は『人さらい』のようなものです。鳴いてずっと探していた母親のためにも死なせてはいけない。本当の親が与えられない愛情をもって育てています」と川口さんは話します。
生息地ではベトナム戦争で使われた枯れ葉剤などですむ場所が失われ、ペット目的などの密猟が続いているとされます。近い将来における絶滅の危険生が高いとして、国際自然保護連合の絶滅危惧ⅠB類(EN)に指定されています。ズーラシアは繁殖技術を確立させたいといいます。
人工哺育の最終的な目標は、しっかりとした親に成長してもらうことです。「木登りやどのえさを食べるか、群れでの生活など、僕らでは教えられないことがいっぱいあります。できるだけ早く親の元にもどしてあげたいです」と川口さんは話します。
おすの赤ちゃんは、1月4日にズーラシアで開かれた「わくわく裏側ウォッチング」で初めておひろめされました。このイベントは1月の毎週日曜日に開かれ、ムーも登場します。定員は20人で先着順。次の公開は春以降を検討中。寒さ対策で親も展示を休止中です。
*日刊「朝日小学生新聞」1月9日付に掲載した内容に加筆し、写真を追加しました。紙面のサンプルや記事の一部も見られます。「朝日小学生新聞」「朝日中高生新聞」のホームページはこちら(http://www.asagaku.com)