1 はじめに
これまで、地方公共団体は住民をはじめ地域社会に対し、政策の導入の経緯や必要性、有効性、成果などを「見える化」し、示すことが求められてきた。
近年、地方創生への取り組みにおける、総合戦略や交付金を活用した事業の外部評価も含めた実績評価の実施とその公表、EBPMによる証拠にもとづく政策の有効性の検証など、地方公共団体における施策や事業の「成果の見える化」の重要性がより一層高まっている。
ここでは、こうした動向の概要と地方公共団体の現状を整理するとともに、行政評価の仕組みを活用した取り組みの方向性について述べることとする。
2 「成果の見える化」の代表的ツールである行政評価の経緯と現状
2000年前後に、我が国の地方公共団体において行政評価の取り組みが始まった。当時、行政課題の複雑化、多様化が進む一方、我が国経済の低成長期への移行や、人口減少、高齢化の進展など地方公共団体の財政を取り巻く環境が厳しさを増していたことから、行政の有効性を高めることが求められた。
さらに、こうした状況に加えて、地方公共団体に対しアカウンタビリティ(説明責任)を求める機運が高まったことから、こうした要請に対応し、行政の取り組みを指標や一定の基準を用いて妥当性や成果を検証する仕組みである行政評価が地方公共団体に広く普及し、現在では全地方公共団体の6割以上がこの仕組みを導入している。
3 地方創生に係る取り組みにおける成果の検証と公表の要請
平成26年11月28日に施行された「まち・ひと・しごと創生法」にもとづき、すべての地方公共団体は「まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定し、地方創生の実現に向けた取り組みを進めている。
この総合戦略と、これにもとづく具体的な事業を支援する地方創生交付金の交付対象事業は、定量的な指標により成果を把握するKPI(Key Performance Indicator)を設定し、その達成度について、客観性を担保するため外部有識者を含む検証機関を設置して検証することが求められている。
また、交付金事業については、成果の検証と事業の見直しの結果を公表することが求められている。このことは、地方公共団体に対して政策・施策・事業の「成果の見える化」の重要性を改めて強く認識させる契機となったと考えられる。
4 地域活性化への市民等の参加促進に向けた成果の見える化の必要性
地方創生の取り組みをはじめとして、地域活性化の取り組みにおいては、地方公共団体による取り組みだけでは限界があり、市民や地域企業、団体などの参加と協力が不可欠と考えられる。こうした市民等の参加を促進するためには、情報提供や支援など参加しやすい環境整備に加えて、参加を期待する取り組みが、地域の発展にどのように、どの程度寄与するのかを検証し情報提供することが重要と考えられる。
弊社が実施した調査によれば、首都圏1都3県に居住する、首都圏以外の地域出身者のうち、出身地の振興に向けた取り組みへの協力意向を有する人が、参加のために充実してほしいと考えることとして、情報提供や費用負担の軽減に次いで、協力する取り組みや、その取り組みへの自身の参加が地域の振興にどのように、どの程度寄与するのかが分かることをあげている。
5 EBPMに係る国の取り組みと地方公共団体への要請
(1)EBPMの概要と取り組みの経緯
現在、国において、統計等を活用した客観的な証拠に基づき政策課題を把握し、政策の効果を予測し、さらにその成果を測定、評価し改善を行うEBPM(Evidence Based Policy Making)サイクルの確立に向けた取り組みが進められている。「経済財政運営と改革の基本方針2015」(平成27年6月30日閣議決定)において「エビデンスにもとづくPDCAの徹底」が打ち出され、その後平成29年5月の「統計改革推進会議最終取りまとめ」において、EBPMを推進すること、そのための体制を整備することなどが示された。
さらに、政府横断的な推進を担う体制として「EBPM推進委員会」が設置され、平成30年4月27日に開催された第2回委員会では、「EBPMを推進するための人材の確保・育成等に関する方針」、「統計等データの提供等の判断のためのガイドライン」が決定され、EBPMを推進するための基盤整備として、今後これらにそった取り組みが進められる。
「経済財政運営と改革の基本方針2017」(平成29年6月30日閣議決定)では「地方公共団体においても国と歩調を合わせてEBPMを推進するよう促す」ことが示されており、今後地方公共団体にもこうした取り組みへの社会的要請が高まると考えられる。
現時点で、EBPMのあるべき具体的な手法や手順、客観的な証拠(エビデンス)として指標に求められる条件や分析手法について国による指針等は示されていない。
しかし、統計改革推進会議やEBPM推進委員会など各種関連会議において示されている資料からは、まずロジックモデル(課題に対し施策がその目的に達成するまでの論理的な因果関係を示すフロー)の活用などにより、課題に対する施策の必要性、妥当性を確認するとともに、中間アウトカム指標、最終アウトカム指標としてどのような指標が妥当かを確認することが必要と考えられる。
その上で、エビデンスとして具体的にどのようなデータを収集し分析することが可能かを検討し、できる限り外部要因、すなわち施策以外の社会のさまざまな事象の影響が少ないデータの確保に努め、これを用いた施策や事業の立案にあたっては課題の詳細把握と効果予測・有効性の推定、実施後には成果の測定・評価と改善を行うことが求められている。
(2)地方公共団体におけるEBPMへの取り組みの現状
弊社が実施した調査によれば、全国の都道府県と市区において、既にEBPMを「推進している」団体は、都道府県や政令指定市、特別区では2~3割を占めるが、市では1割に満たない。
なお、数少ないEBPMを推進していると回答している団体がエビデンスとして活用しているデータと分析手法は、行政評価において一般的に用いられている、成果指標の前後比較(アウトカム指標の複数年度の施策効果を比較しその変化を検証)である。
6 「成果の見える化」の要請への行政評価の活用による対応
多くの地方公共団体では、これまで施策や事業の「成果の見える化」の要請に応えるツールとして行政評価を活用してきた。ここまでに整理した通り、地方創生に係る取り組みやEBPMなどにより、施策や事業の「成果の見える化」が近年より強く求められるようになっており、地方公共団体においては、こうした要請に応えられるように、行政評価の質を高めることが必要である。具体的には以下の3点への対応が重要と考えられる。
(1)事前評価への取り組みと成果の検証を見据えたデータ収集方法の確立
EBPMにおいては、政策形成過程、すなわち施策や事業の実施前に統計等を活用した客観的な証拠に基づく政策課題の把握、政策効果の予測による妥当性、有効性の検証が求められる。
一方、一般に地方公共団体の行政評価においては、その政策・施策、事務事業のいずれかを網羅的に評価する取り組みは「事後評価」、すなわち、事業の実績に係る情報をもとに成果を分析し、施策・事業の妥当性や有効性を明らかにし、次なる展開に際してその改善に役立てる取り組みとして行っている団体が多い。
しかし、予算規模の大きな大規模事業については、財政に与える影響の大きさ、住民の関心の高さ、実施後の見直し、方針変更の損害の大きさなどから、下記の相模原市の例のように事前評価を行っている自治体も少なくない。
今後は、行政評価においても、こうした事前評価の取り組みの普及や対象の拡大、次項で述べる通り評価指標をエビデンスとして適切なものとするなど、内容の充実を図ることが必要と考えられる。
(2)ロジックモデルの活用による施策の妥当性と適切な成果指標の明確化
EBPMの取り組みにおいては、ロジックモデルの活用などにより、政策課題とこれに対応した施策・事業の妥当性、成果のエビデンスとして適切な指標を検討することが必要である。また、まち・ひと・しごと創生総合戦略の数値目標や地方創生交付金事業においても、その成果指標として適切なアウトカム指標による目標を設定し評価を行うことが求められている。 これらに対し、以下の福岡市の例の様に、地方自治体の行政評価においても、評価対象について、ロジックモデルを活用した検討にもとづいて適切な評価指標を設定し、評価を行っている例も見られる。
一方、行政評価において実際に設定されている評価指標に原則としてアウトカム指標を設定している地方公共団体は、弊社が実施した調査によれば、全国の都道府県、市区の約4割にとどまっており、効果のエビデンスとして適切ではないアウトプット指標が設定されている団体も少なくない。
今後は、EBPMへの取り組みに対応するために、施策や事業の立案の段階から、ロジックモデルを活用した検討などにより課題の明確化と施策の妥当性を検証するとともに、エビデンスとして適切な成果指標を設定し、成果の予測や事後の効果検証の質の向上を図ることが必要と考えられる。
(3)施策・事業の妥当性、有効性の検証結果や改善方針の公表
地方創生交付金事業においては、その成果の評価結果を公表することが求められており、また、前述の通りこうした地域活性化の取り組みへの参加・協力意向を有する市民等は取り組みの成果に高い関心を有している。
こうした状況に対し、地方公共団体における行政評価結果の公表は必ずしも進展していない。総務省の調査によれば、地方公共団体の中で、行政評価を実施し、その結果を公表している団体は、事務事業で4割強、施策で3割弱、政策で1割となっている。
地域住民や企業、団体等の「成果の見える化」に対するニーズに応えるためには、成果の検証結果を公表することは最低限必要であり、今後は、ますます高まる説明責任の重要性や市民等の関心に応えていくため、行政評価結果を積極的に公表し、広く市民等の意見を求め、これをさらに施策や事業の改善に活かしていくことが必要と考えられる。
(2018年5月9日「サーチ・ナウ | 三菱UFJリサーチ&コンサルティング」より転載)