昨年、年金積立金管理運用独立行政法人、いわゆるGPIF、マーケットの方々はジーピフと呼んでいますが、この法人の運用方針が変わりました。
GPIFは厚生年金と国民年金の積立金、約132兆円(2013年度末:時価)を運用する大きなFUNDです。GPIFとは、Government Pension Investment Fundの略です。
その規模から、世界最大の機関投資家と呼ばれています。米国の公的年金Fund(社会保障信託基金)は約200兆円の規模ですが、全額米国債(非市場性)で運用されているので、GPIFが世界最大の機関投資家なのです。
米国の基本的な考え方は、(1)年金基金の性格上、国債の満期構成などのキャッシュマネジメントさえ的確に行えば、元本保証で、インカムゲインが確保される上、運用費用がかからない。(2)さらに、国家の経済成長力が国債にも反映されるので、政府の規律ある政策運営を促す意義があるとされています。
日本では紆余曲折を経て、GPIFが基本ポートフォリオ、国内債券60%(±8%)、国内株式12%(±6%)、外国債券11%(±5%)、外国株式12%(±5%)短期資産5%で運用していました。
この基本ポートフォリオが昨年の10月31日(金)ハロウインの日に変更されました。
期せずして、黒田日銀総裁による異次元緩和第2弾、ハロウインバズーカと同じ日です。
内容は、国内債券35%(±10%)、国内株式25%(±9%)、外国債券15%(±4%)、外国株式25%(±8%)と、株式への投資を倍増し、総資産の半分を国内外の株式市場に充当するポートフォリオとなっています。
これは、たいへんなことです。国民の虎の子の年金を大きなリスクにさらすわけです。
運用機関として、2割から3割程度の株式運用をしているのは理解できますが、資産の半分を株式に投資するのは行き過ぎです。
当たり前ですが、金融庁が金融機関に対して示しているリスク・ウエイトは以下のようなものです。
円建ての日本国債はリスクゼロ。他国の国債は格付けに応じて、0%から150%までのリスクとなります。当然ながら、株式のリスク・ウエイトは100%です。
上がった株は必ず下がります。バブルの崩壊、リーマンショックなど、株を持ってない人も肌身でわかる感覚です。
2013年、アベノミクスで株が上がりましたが、2014年は足踏みしました。そこで国民の年金のお金で株を買って株価を上げたい。ポートフォリオの変更で少なくとも30兆円の株式が買えます。30兆円損を出しても、安倍総理には弁償できないでしょう。
過去、年金の積立金では、大きな損失を出してきました。
社会保険庁が運営してきたサンピア事業の損失が、約1兆2千億円。
GPIFの前身である年金福祉事業団のグリーンピア事業の損失は約3千7百億円。
同じく年金福祉事業団が2000年に廃止されるまで行っていた資金運用事業では、約3兆円の損失が出ています。
国民のたいせつな年金に、このような巨額の損失を与えておいて、誰も責任を取っていません。厚生大臣や、厚生省、社会保険庁、年金福祉事業団の幹部が弁償しましたか?
これこそ、本当の「消えた年金」です。
今回、同じような愚を繰り返すリスクが高いのです。
このような抜本的な運用の基準の変更の背景は次のようなものです。
安倍総理は、2014年1月22日のダボス会議で、「1兆2千億ドルの運用資産を持つGPIFについては、そのポートフォリオの見直しを始め、フォーワードルッキングな改革を行います。」と発言。
そもそも、基本ポートフォリオは、GPIFの運用委員会が政治的な圧力とは独立してつくり、最終的に年金関係の法律の条文「積立金の運用は、専ら被保険者のために、長期的な観点から、安全かつ効率的に行う」べく、理事長が決定するものです。
一国の総理が外国の会議で高らかに宣言して、運用委員会や理事長に政治的圧力をかけること自体、ガバナンス違反です。
その上で、今回、「フォーワードルッキングなリスク分析」というキーワードの下で、基本ポートフォリオが変更されました。とはどういうことですか?
「フォーワードルッキングなリスク分析」と聞くと、いかにも最先端の理論に基づく素晴らしいもののように感じます。
しかし、これは、単純に今後10年間、毎年金利が上昇していく前提を置いただけのことです。これまでは、金利などは一定の前提を置いていたわけです。内閣府「中長期の経済財政に関する試算」の名目長期金利を使っています。
毎年金利が上がる前提では、債権の価格が下がり、株式の価格が上がるような結果を出すことは容易です。結論ありきの前提です。これが、フォーワードルッキングの本質です。
しかし、それでも、リスクという点では、常識的な結果が出てきます。
リスクとは「標準偏差」のことです。これは、高校生でも知っている常識です。
GPIFのポートフォリオ見直しの対外的な説明資料には、「標準偏差」が3倍にも膨らんでいるという数字が出ています。これは、全額国内債券ポートフォリオで運用した場合と、今回の株式運用を倍増したポートフォリオとの比較です。
しかし、文章では一切、リスクには触れていません。
その反面、「下方確率」のことのみこれでもか、というくらいに説明していますが、「下方確率」とは、運用利回りが目標利回りを下回る確率のことです。それはリスクとは言いません。
何しろ、10年間金利が上がり続けるのですから、計算しなくても新しいポートフォリオの「下方確率」がよく出るのは明白です。
このように、厚生年金と国民年金という国民の大事な積立金を三倍のリスクにさらす一方で、公務員の年金は株式の運用を増やしていません。
現在、国家公務員共済の基本ポートフォリオは、国内債券74%(±16%)、国内株式8%(±5%)、外国債券2%(±2%)、外国株式8%(±5%)などとなっています。
公務員の年金にはリスクを取らせず、国民にだけリスクを取らせるというのはどういうことでしょうか?
私には、このような不公正な上、冒険主義で国民に一方的にリスクを負わせる安倍政権の公的年金運用には納得できません。
これ以外に、GPIFのガバナンスそのものがおかしいのですが、それは稿を改めて説明します。
【注】
2015年10月に被用者年金は一元化されます。
今年10月の被用者年金制度の一元化に向けて、各運用主体がモデルポートフォリオ(おそらくGPIFの新ポートフォリオが採用される。)に基づく基本ポートフォリオを作成します。しかし、乖離許容幅の範囲なら「自主性及び創意工夫」が可能となっています。
さらに、国家公務員共済は法律上、一定割合(積立金の34%以上)を財務省理財局の財政融資資金に預託が義務付けられています。2013年度末で、国家公務員共済はその積立金の約54%を預託しています。期限前償還にはペナルテイーが課されますから、株式への運用を増やそうとも短期間には増やせない仕組みまでセットされているのです。