森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を幅広く発信しています。2月号の「時評」では、京都学園大学教授・京都大学名誉教授の森本幸裕さんが、新しくできる京都丹波高原国定公園(仮称)について、今後への期待と課題を綴っています。
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新たな国定公園が誕生しようとしている。戦前、「植物ヲ学ブモノハ一度ハ京大ノ芦生演習林ヲ見ルベシ」と分類学の権威、中井猛之進に「植物研究雑誌」で紹介された地域を核心部とする、京都丹波高原国定公園(仮称)だ。芦生の森の魅力は絶大である。実は学生時代に仲間に連れられて訪れた時の、渓流と草木虫魚のおりなす絶景の体験がなかったら、大学院で林学専攻を受験し、この時評を書いている今の私はない。
●1970年頃の皆伐時にも保存された、芦生の森、下谷の巨大カツラ=森本幸裕さん提供
国立・国定公園は、こうした風景地の魅力の継承を目的とした、古くからの制度だが、もともと「保護」と「利用」という一見矛盾した命題を背負っている。近頃は「世界遺産」に押されて存在感が薄れているようだが、世界遺産となる条件である「保護地」の枠組みとしての自然公園制度のおかげで、屋久島や熊野古道が世界遺産に登録されたことを忘れてはならない。
では、優れた風景とは何か。我が国では戦前の国立公園発足当初は志賀重昴の「日本風景論」(1894)の影響もあって、伝統的な名所・旧跡・探勝地や原始性の高い風景が、我が国のアイデンティティと結びついて評価された。だが戦後は一時ゴルフ場も自然公園施設とされるなど、レクリエーション適地としての特性を評価される時代もあった。そして近年は湿地とともに里地里山の景観が、生物多様性の宝庫として、新たに高く評価されるようになった。
2007年に丹後天橋立大江山国定公園が17年ぶりに新規指定された際には、優れた自然環境に加えて棚田などの農地を含む山村、社寺等の歴史的・文化的景観の重要性が指定理由となった。今回も、原生林に加えて重要伝統的建造物群保存地区に選定されている美山のかやぶきの里をはじめ、愛宕信仰や京の都と若狭湾をつないだ鯖街道、自然資源に根差すトチ餅などにまつわる文化的景観に優れた「北山」と呼ばれる地域が対象だ。
しかし、重要なのは指定よりもその後のマネジメントであるのは、原生林も含む里地里山自然公園の特徴だ。「秘境」と呼ばれてきた核心部の過剰利用を調整し、シカ食害には本格的個体数調整や防護柵設置から自然再生まで体系的かつ順応的に取り組み、自然資源を生かした伝統とともに新たな利用も推進して地域活性化につなげるには、二つの鍵があると思う。
まず、多様な関係者全てが活性化と生態系管理の方向を検討する公園マネジメント委員会を作り、来訪者の誘致と利用調整や利用料金徴収等のルール整備が必要だ。次に、公園全体をフィールドミュージアムと位置づけ、モニタリングと順応的管理、普及啓発を担う専門家とレンジャーのいる拠点づくりも不可欠だ。この際、ビジターセンターを隣接自治体では既に整備されている自然系博物館の新設につなげたい。
国定公園の健全な運営が、京都市をはじめとする都市住民の安全安心と豊かな生活に貢献するという視点、つまりグリーン・インフラストラクチャーとしての国定公園という側面からも新しい取り組みが望まれる。