森林文化協会の発行する月刊『グリーン・パワー』は、森林を軸に自然環境や生活文化の話題を幅広く発信しています。12月号の「時評」では、京都学園大学教授・京都大学名誉教授の森本幸裕さんが、スタジアム建設問題の中で、どのように「絶滅寸前」の魚類アユモドキを守っていくかを論考しています。
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●ドジョウの仲間である淡水魚のアユモドキは、京都府では「絶滅寸前種」。その生息地が大規模スタジアムの建設予定地となっている=写真はいずれも森本幸裕さん提供
ドジョウの仲間の国指定天然記念物、アユモドキを巡って迷走していた京都府亀岡市に建設予定の大規模スタジアム問題。府と亀岡市は「環境保全専門家会議」の提言に従い、産卵場所のある曽我谷川と桂川に挟まれた農地から曽我谷川南側の「亀岡駅北土地区画整理事業地」へ、建設場所を変更することをこの8月に表明した。
いわば環境アセスメントの「回避」に近い環境配慮だが、これで万事解決なのだろうか。既に大幅に減少したアユモドキの保全には、かつての生息環境の再生と順応的な管理に加えて、開発地の雨水浸透を図って越冬地と目される桂川本流付近の石垣の間からの湧水を保全するなど、総合的な取り組みが不可欠と考えている。
このスタジアム問題は、開発と自然保護のよくある対立とは様相が三つの点で異なる。
まず、これまで保全活動を担ってきた地元住民の多くが開発を推進していること。次にアユモドキは地域の営農行為でなんとか存続してきたこと。
もう一つはスタジアム建設が、遊水地機能を果たしてきた駅北地区の都市的開発や霞堤閉鎖と桂川開削、さらに下流の京都市にある国指定史跡・名勝嵐山の大規模治水工事の呼び水になる恐れがあることだ。
洪水リスクに対して、ダム建設と河川開削や堤防強化などの「要塞型」治水で対応するのか、氾濫原の自然環境特性を活用して平常時は水田耕作、豪雨時には一定の氾濫を許容する霞堤の維持など「柳に風型」減災を追求するのか、分岐点にある。
●アユモドキが産卵する曽我谷川。右上に写っている中洲が堰上げで水没すると産卵が始まる
このアユモドキという魚は、特に産卵場所がユニークだ。現在、亀岡市で唯一の産卵場所は曽我谷川の中洲で、普段は草地だ。農家は6月の田植えの時期に、ファブリダムというゴム引の布製ダムを膨らませて曽我谷川の水位を上昇させて、田に水を引く。その時に冠水した中洲の草地が、絶好の産卵場所となるわけだ。
つまり営農に必要な河川水位の堰上げが産卵時期とぴったり整合することが、ここでアユモドキが存続してきた重要な理由といえる。地元営農者らは生産調整で田植えを行わないときもダムを膨らませ、行政や魚類の専門家らとともに下流に取り残されたアユモドキの上流側への救出作戦を継続してきた。
では、この活動を継続さえしておれば良いのかというと、そうではない。アユモドキの個体数の変動は大変大きい。2004年から2012年の成魚個体数推計の変動を確率論的に解析するPVA(個体群存続可能性分析)という手法で、50年以内の累積絶滅確率は92%と筆者らは試算した。渡辺勝敏・京都大学准教授らのより詳細な検討によれば、産卵場所だけでなく、秋冬の生息環境の保全が重要という。
ここで強調したいのは、ここはアユモドキのみならず、淡水魚50種やカエル10種の他、オニバスが育ち、堤には明智光秀が植栽したというサイカチの巨木も残る生物多様性の宝庫であることだ。昨年末に環境省から重要里地里山500に選定された「亀岡盆地の氾濫原」は、フィールド博物館として位置付けるのがふさわしい。