去年、ソウルに行ったとき、韓国の友人達がちょっとした食事会を開いてくれました。メンバーは東京のカフェを紹介したベストセラー本を書いた作家。ソウルのお洒落なカフェをたくさんデザインしている建築家。インディーズ・レーベルとカフェの経営者。村上春樹の小説に登場する料理本を含めたくさんの本を出している料理研究家。今ソウルで一番面白いフリーペーパーの編集者。
要するに、色んな外国語も出来て日本や欧米にも何度も行ったことがある、ソウルの現在進行形の流れの中心にいる人達です。その人達と色んな話をしました。
僕は飲食店経営者なので、どういうお店がお客がたくさん入っているのかなって観察しながら街を歩くのが習慣になっていて、ソウルでもそういう視点で歩いたのですが、パスタ屋さんがすごく入ってたんですね。ランチ時には外までお洒落なビジネスマンやOLが並んでて。ということはティラミスとか流行ってないかなと想像して、「今、スイーツで何が好き?」って質問したんですね。すると意外にも「イチゴ大福」という答えが返ってきたんです。で、他のみんなも「イチゴ大福は美味しいよね」って盛り上がったんです。
あの、何度も言うようにみんな外国には何度も行ってるし、ソウルのお洒落なお店で美味しいものはたくさん食べているんです。で、イチゴ大福なんです。もしかして日本のことをすごく好きなのかなと思い、「どうして?」と質問すると、「アンコの中にイチゴって最初はびっくりなんだけど、すごくマッチしてて美味しいから」という答えでした。僕ら日本人が初めてイチゴ大福を食べたときの驚きと同じなんです。考えてみれば、韓国にもアンコ文化はあるわけで、僕らと同じ反応なのは当然なんですよね。たぶんフランス人やナイジェリア人が「イチゴ大福美味しい」と感じるのとは意味合いが違うと思うんです。
日本人と韓国人は基本的なところで同じ文化を共有しているので、同じような視点で何かを感動できるんです。じゃあ中国は? モンゴルは? ベトナムは? タイは? と色んな国を考えてしまいました。
今、東アジアでボサノヴァが流行っているのはご存知でしょうか? 韓国はもちろん、東南アジアにもボサノヴァ・ミュージシャンはたくさんいますし、なんと中国ですごく今、小野リサが流行ってるんです。小野リサ本人が中国を気に入っていて、中国全土の小さい都市まで回ってツアーをやっているのですが、どの都市でも満席らしいんです。
ちょっと話はずれるのですが、小野リサはデビューは1989年です。ちょうどバブル期ですよね。そうなんです。ボサノヴァは生活が豊かになると流行るという方程式があるんです。
そして、東アジアのボサノヴァをひとつひとつ聞いてみると、どこか共通する本場ブラジルとは違う東アジアの感覚があるんです。そう、イチゴ大福感です。
僕はそういう東アジアのボサノヴァ・テイストでアコースティックなアーティストを集めて東アジア音楽フェスティバルをいつか出来ないかなと夢見ています。とりあえずは今年か来年に日韓音楽フェスから始めようと思っています。一緒に動いてくれている韓国人のジノンさんは「RED HOT + RIOのアジア版みたいなのが実現できれば」とも言ってます。
僕は実のところ、政治にはたいして期待していません。悲観的な見方で申し訳ないのですが、しばらくの間、東アジアの政治は安定しないと思います。僕らが生きている間に日韓中が完全に仲良くなるとも思っていません。
そして、人間には醜い感情がたくさんあるのも知っています。僕だって誰かを憎んだり、誰かの失敗を喜んだり、誰かを排除したりしたことが何度もあります。はっきり言ってしまって、人間はそう簡単にはわかりあえないと思っています。
でも、音楽の力というのはかなり信じています。
例えばあなたは誰かと一緒に演奏したことはありますか? バンドでも小さい頃のピアニカやカスタネットでも良いです。
あるいは誰かと一緒に歌ったことはありますか? カラオケでも合唱でも学校の帰り道に友達と歌ったユーミンでも良いです。
あるいは誰かと楽しいリズムに合わせて踊ったことはありますか? クラブでもオクラホマミキサーでも良いです。
そして、それって文句なしに素敵な体験ではなかったでしょうか? そう。音楽だけが色んな壁を簡単に乗り越えて私達と誰かの心を繋いで、そして揺れ動かすんです。
東アジアのミュージシャン達が集まって、地球の裏側ブラジルのリオ・デ・ジャネイロで1950年代に生まれた音楽を演奏するのってそう悪くない気がしませんか?
さて、今回はそんなボサノヴァの影響を受けた韓国のシンガー・ソング・ライターのLucid Fallを紹介します。
ルシッド・フォール(本名はチョ・ユンソク)はスイスのローザンヌ大学で博士号も取得したインテリで、6枚のオリジナル・アルバムと1枚の映画のサントラのアルバムを発表しています。美しい歌詞の世界はもちろん、小説も発表しています。そしてFMラジオで『世界音楽紀行』というワールド・ミュージック専門の番組を持っていたそうで、いわゆる韓国の文化リーダー的な存在でもあるようです。
先日、日本盤も発売された最新アルバム『花は何も言わない』はピアノ・トリオ(全員が米バークリー音楽大学出身)をバックにアコースティックな「ボサノヴァの影響を受けた音楽」を聴かせてくれます。是非、聴いてみて下さい!