ジャニーズ事務所所属の人気タレントである滝沢秀明さんが年内で芸能活動から引退するという。
ジャニーズ事務所は12日、所属する滝沢秀明さん(36)が年内で芸能活動から引退すると発表した。
~中略~
滝沢さんは、所属タレントの育成や舞台などをプロデュースする仕事に専念するという。
滝沢秀明さん、芸能活動から年内引退 毎日新聞 2018/09/13
報道によれば自身がタレントとして活動しながらプロデュース等を行う「プレイングマネージャー」ではなく、正真正銘のマネージャー業に専念するとのことであり、今後はこれまでとは大きく異なるキャリアを歩むことになる。
滝沢さんほどではないにせよ、昇進や転職などをきっかけに自分の役割や立ち位置が大きく変化することはよくある話だ。今回はそんなキャリア上の転機について、掘り下げて考えてみたい。
■プレイヤーからマネージャーの憂鬱その1(営業部員から営業所長へ)
自分が昇進して部下を持った時など、周囲から期待される役割の変化に戸惑った経験はないだろうか。
例えばあなたが敏腕の営業マンだとしよう。あなたはこれまで数多くの営業目標を達成し、会社に貢献してきた。この度その実績が認められ、ある営業所の所長を任された、という設定だ。
営業に精通しているあなたは、自ら顧客のもとに向かえないことにもどかしさを覚えるのではないか。営業所長の仕事は、一義的には営業所内の複数の部下に指示・命令を与えながら、各人の目標達成のための支援を行うことであり、「人を使って目標を達成する」ことが求められる。加えて個人の目標ではなく、営業所全体の目標達成がミッションとなる。
これまでは、自分で創意工夫をしながら個人の目標を達成すれば事足りた。「不慣れな部下に任せるくらいなら、俺が営業したほうが手っ取り早い」という思いもあるだろう。あなたが敏腕であればあるほど、直接的に営業できない現状にストレスを感じるのではないだろうか。
■プレイヤーからマネージャーの憂鬱その2(経理課員から経理課長へ)
今度はあなたがベテランの経理担当者だとしよう。堅実な仕事ぶりが評価されて、この度経理課の課長に抜擢された。部下の経理処理を監督しながら、上司の部長や財務担当役員とのつなぎの役割を果たす重要なポジションだ。
これまでは自分が責任をもって業務の進捗を管理し正確さを担保することで、ワーク・ライフバランスをコントロールすることができた。ところが昇進後は部下のミスの責任も問われることとなり、課内の書類チェックだけで1日が過ぎてしまう。必然的に残業する日が増えてしまっている。
先日は部下のミスが発端となり、他部署からクレームが来てしまう事態が発生した。部門間調整の意味で頭を下げるのも、課長の仕事だ。僅かばかりの管理職手当を受け取っているが、心身のストレスに見合った額とはとても思えないのが実感である。
■プレイヤーとマネージャーの役割は水と油の如く異なる。
2人とも、担当者(プレイヤー)から管理職(マネージャー)へのキャリア上の転機を迎え、モヤモヤした思いを抱えている様子である。
上記の例で分かるように、プレイヤーとマネージャーはそもそも役割が異なるということに注意が必要だ。担当する業務の範囲で成果を出せば事足りるプレイヤーに対し、マネージャーは現場を預かる一義的な責任がある。勿論会社の規模にもよるだろうが、「人を使って成果を出す」ことがマネージャーの大事な仕事なのだ。
意外なことかもしれないが、そうした意味でプレイヤーとマネージャーの仕事は決して地続きではない。同じフロアで働いていても、本質的に埋めがたい隔たりがあるのだ。
そんなマネージャーに必要になるのが、「部下に仕事を任せる勇気」だ。いかに自分が処理したほうが効率的な業務だったとしても、人を育てる観点から、部下に仕事を差配するということが求められるのだ。部下に仕事を任せることで仕事ができる部下を多数育成できれば、自身の業務負荷もだいぶ軽減されるだろう。
「自分が頑張って働く」から「みんなが頑張って働く環境を創っていく」への役割の変化と言っても良い。プレイヤーとマネージャーの仕事は様々な面で、想像以上に異質なものなのである。
■これまでの自分を統合し、これからの自分を迎え入れることが大事だ
多くの会社組織では、管理職への昇進の際に管理職研修を実施しているはずだ。多くの研修プログラムでは「人材マネジメントの技法」や「部下へのコーチング」などが用意されている。
これまで、社内研修について「机上の空論」とバカにしていた人も、今回ばかりは真剣に受講したほうが良さそうだ。管理職研修はこれからの経営陣たり得る人材を育成する場であり、一種のイニエーション(通過儀礼)であるからだ。
キャリア上の転機に際して、これから始まるマネージャーとしての新たなキャリアに目が行きがちだ。しかしそれと同時に、終わりを告げつつあるプレイヤーとしてのキャリアに踏ん切りをつけることが大切だ。大げさな言い方をすれば、プレイヤーとしての自分は一度死に、マネージャーの自分として再び生を受けるくらいの発想の転換があってしかるべきであろう。繰り返すが、両者の役割は根本的に異なるということを肝に銘じる必要がある。
■結び
キャリア上の転機に際し、昇進等の一見おめでたい出来事に起因する「昇進うつ病」なる状態に陥る人が少なくない。要因は様々であろうが、これまで述べたような役割の大きな変化について、自身が消化しきれていないことが大きいのではないだろうか。
肉体的・年齢的な要因もあるだろう。これも会社の規模等によって異なるだろうが、一般的なマネージャー昇進が40歳前後にならば、色々な意味で20代のころのような無茶はできない年齢だ。プライベートでも責任が重くなりがちな時期でもある。奇しくもワークキャリア上もライフキャリア上も、これまでの自分を振り返り、自分のこれまでの歩みに納得したうえで新たな目標に向かわなければいけない時期なのだ。
とは言え、マネージャーが厄介な役回りばかりかといえば、そうではないはずだ。自分が大きな絵を描き、部下を巻き込んで目標を達成できるというのは、マネージャーの特権でもあり、やりがいではないだろうか。会社内外に与えるインパクトも、プレイヤー時代とは比べものにはならないだろう。
滝沢さんもまだ若い年齢であるが、自分自身の中で、スポットライトを浴びながら活躍する自分に一区切りをつけられたのではないか。それは勿論ネガティブな意味ではなく、自身を超えるアイドルを自分の手で育成するという壮大な目標にキャリアチェンジした、とも解釈できる。
本件はファンから見ればとても悲しいニュースかもしれないが、キャリアコンサルタントとしては、30代の若きプロデューサーのこれからの活躍に、ささやかなエールを送りたい気持ちで胸いっぱいなのである。
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後藤和也 大学教員 キャリアコンサルタント
【プロフィール】
人事部門で勤務する傍ら、産業カウンセラー、キャリアコンサルタントを取得。現在は実務経験を活かして大学で教鞭を握る。専門はキャリア教育、人材マネジメント、人事労務政策。「働くこと」に関する論説多数。