女性活用を目指すならデメリットとの対峙から (安藤史江 南山大学大学院ビジネス研究科 教授)

安倍首相の掲げた女性活用推進の目標に呼応し、大手企業が次々と数値目標を表明しています。

安倍首相の掲げた女性活用推進の目標に呼応し、大手企業が次々と数値目標を表明しています。

自分自身が子供をもつ働く女性でもあるため、この成り行きに最大の関心をもって見守りたい気持ちがある一方、今回もまた、あまり多くを期待できないのではと危惧しています。

そもそも女性「活用」という言葉が好きになれない、という働く女性も周囲には少なくありません。それはさておき、女性の活躍、とくに育児中の女性の活躍を推進したいのであれば、それは企業・従業員双方にとって決して甘いものではありません。したがって本来、そのメリットのみに目を向けるのではなく、デメリットともしっかり向き合い、その分析結果を十分に踏まえたうえで戦略的に進めることが不可欠といえます。しかし現時点ではまだその点が不十分な、「とにかくやる」型の企業が多いように見受けられます。

■仕事の中断・再開に伴うデメリット

どれだけ素晴らしい効果が期待されるとしても、女性活躍推進にはそれなりのデメリットが伴います。もちろん、そうした負の影響を緩和するクッションとして、その役割を期待されているのがいわゆる「公式組織」、組織デザインやルールなどの仕組みです。とはいえ、育児中の女性に限らず、従業員のキャリアの中断は理論的にみても明らかに組織の生産性にマイナスの影響を及ぼします。

たとえばある研究では、仕事を中断してから再開当初の生産性は、中断前の約3分の1にまで落ち込むことが明らかになっています。

中断期間が長いほど、また中断者が有能であるほどマイナス幅は大きくなり、復帰しても元の水準まで戻るには多大なエネルギーや時間を要します。本人のスキルの低下や陳腐化に加え、休業中に組織や業務、人間関係など本人を取り巻くあらゆる状況に複雑な変化が生じていることもよくあるからです。

ある意味わかりきった、こうしたデメリットをなぜ改めて認識する必要があるのか。

それは、デメリットを正しく認識・評価するとはじめて、企業の姿勢が「とにかくやる」というだけの受動的なものから、そのデメリットを克服するためにどうすればよいのかという能動的かつ戦略的なものへと転換するからです。そのプロセスをきちんと踏み、自社として目指すべき方向性を明確にすれば、意図した成果に到達する確率が大きく高まると期待されるのです。

■デメリットを最小限に抑えたい場合

たとえば産休・育休のデメリットを最小限に抑えたい場合、効果があると思われるのは、従業員のキャリア中断期間を可能な限り短縮するか、企業が被ったデメリットを補ってあまりあるほどの活躍を復帰後に制度の利用者にしてもらうことでしょう。

つまり、女性活用というよりまさに女性活躍、真の戦力化を目指す方向です。

先日、日本経済新聞電子版に掲載された記事はこのスタンスに該当すると解釈できます(「女性に優しく」勘違いなくせ ダイキン・井上会長に聞く 2014年4月12日)。記事によれば、出産後の早期復職を促すために、出産から6か月未満での復職者には最初の1年のみ60万円の保育費補助を行う計画だそうです。

実際のところ、ダイキンがデメリットの検討をどれだけ行ったかは定かではありません。しかし、見事に前述の2つのツボを同時に押えていることがわかります。しかも、意欲ある者が自ら申し出て利用できる制度にすることで、キャリア選択に関する個人の意思を尊重しつつ、本気を出す者だけに会社も本気で応え支援することをアピールする仕組みになっています。

■デメリットを甘受する場合

これに対して、中断・復帰に伴うデメリットは将来への投資ととらえ、「育休3年」だろうと覚悟して甘受するというスタンスもあるでしょう。ただしその場合には、企業の目的が営利追求である以上、デメリット分をどこからどのように補填するのかもあわせて考える必要があります。

利用者本人からの補填を考える場合、戦力化のケースよりも大きくなるデメリットを取り戻すため、復帰後その本人にはよほど活躍してもらわねばなりません。しかし中断が長いほど、復帰者と組織両方の生産性を元の水準まで戻すには時間がかかることから、より確実なのはむしろ長期的な回収、すなわち就業継続を目指すことといえるでしょう。

ただし、長期的な回収を望むなら、具体的にいつからどのように戦力化するのかも同時に考えておく必要があります。「できればいつか戦力に」程度の姿勢では、女性活躍推進とは名ばかりの単なる就業継続支援に終わることでしょう。

一方、他の従業員による補填を目指すとしたらどうでしょう。

この場合、復帰女性のキャリアの位置づけは基本的にコア業務ではなく、専門用語でいえば「周辺参加」、いわゆるサポート業務にとどまる可能性が高くなります。いわゆる「マミー・トラック」や短時間勤務などがこれに該当します。現在、女性活用・両立支援を謳う日本企業の多くがこちらに近いと考えられます。

もちろん企業と利用者自身、負担を求められる従業員の間で、「お互い様」との了解・納得が成立していれば全く問題ありません。しかしこのスタンスに立つ以上、その方針に少しでも不満を抱く者、たとえば短時間勤務者がいることによって発生した余分な仕事を負担しなければならない同僚のモチベーションは損なわれやすいでしょう。また、育休前にバリバリ働き優秀な成果をあげていた当事者のモチベーションも損ないやすいことも、十分承知しておかなければなりません。

■避けたいのは悪循環

最後に、中断によるデメリットはともかく、復帰のデメリットは避けたいと考える企業もあるでしょう。要は、出産を機に辞める女性がいても自社としては構わない、と考える企業です。女性活用と逆行する考えかもしれませんが、その企業の熟慮の末の選択であれば、この第3の道もあってよいと個人的には考えます。個人やその価値観の多様化を奨励するのであれば、同じことを企業にも認めて良いと考えるためです。

こうした企業の存在よりむしろ問題なのは、流されるように安易に女性活用に乗り出し、結局めぼしい成果を出せずに終わる企業が増産されることです。これまでも、多くの企業が先を競うように企業変革に代表される新しい取り組みに群がり、あまり成功しないまま撤退し、その事実すら忘れかけているという状況が何度も繰り返されてきました。

女性活躍推進でも全く同じです。男女雇用機会均等法の施行以来、何度も同じ状況が繰り返され、そのたびに多くの人々が失望させられてきました。

安易に乗り出し失敗経験だけを重ねれば、企業や当事者、その他の従業員はもちろん、これから労働市場に入る若者にまで「やはり女性活用策は期待するだけ無駄だ」と、セリグマンのいう「無力感の学習」、徒労感や諦め感だけを蔓延させてしまう恐れがあります。それでは逆効果です。

このような悪循環を一度断ち切るためにも、最初に指摘したようにデメリットとの対峙は不可欠といえるのです。

《参考記事》

安藤史江 南山大学大学院ビジネス研究科 教授

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