博報堂生活総合研究所の夏山です。私たち生活総研では、「#みんなって誰だ?」というテーマで、「個」の時代の先にある、新しい大衆像について研究し、その成果をこの連載でご紹介しています。
既に過去2回の記事を読んでいただいた方々から、「小学生の頃、みんな持ってるよ!買って!と母に言うと"みんなって誰?"とよく言われました」「みんなって誰だという問いは"普通って何?"というのに似ている」などといった数多くの示唆に富むコメントをいただいています。皆さま、本当にありがとうございます!
こうしたコメントは全て、「みんな」を研究する上での貴重な「声」です。一つ一つの意見の積み重ねが、大きな「世論」を作っていく。そこにはいったい、どんな新しい"みんな"がいるでしょうか。
というわけで、3回目の連載のテーマは「世論」。今回は「世論」に関するアンケート調査の結果と、そこからの考察を皆さんにご紹介したいと思います。
オジサンは「43歳」からはじまる?
「もうオジサンだからな〜」。こんな言葉を聞いて、あなたは何歳ぐらいの人を想像しますか?40歳? 50歳? もしかして、小さな子どもから見たら25歳も立派な「オジサン」かもしれません...。
生活総研では、普段、人が何気なく交わす言葉が持つ漠然としたイメージを、「マインドスコア」というオリジナルの手法を使って、数字として可視化する調査を行なっています。
例えば、「オジサンって、何歳からですか?」と質問することで、みんなの心に漠然とあるオジサン像を「年齢」という数値で捉えることができるというものです。
さて「オジサン」は、いったい何歳からだったでしょうか。
2017年5月、20~69歳の男女1500人に実施した調査によると、オジサンは40~44歳という回答が最も多く40%、次いで50~54歳が22%。このふたつの山で6割にもなります(図表1)。また、平均値は最多回答内の43歳でした。
このようにマインドスコアは、人の心にある物事の認識を「ぼんやり」から「くっきり」へと変えることができる手法のひとつです。
「世論って何人以上?」の回答分布は、ちょっと特殊なカタチ...
今回、"みんな"を研究する際も、マインドスコアの手法で「世論」について調べることにしました。
そもそも、生活者の皆さんはどれぐらいの人数の意見であれば、「世論」と言えると思うのか。今年8月に、20~69歳の男女1500人を対象に調査した結果を紹介します。
まずは、以下の質問をお読みいただき、「自分だったらどう答えるだろう?」と数値を思い浮かべてから、読み進めてみてください。
質問:日本の人口は現在、約1億3000万人です。このうち、何人以上の意見であれば、「世論」と言えると思いますか。あなたの感覚で結構ですので、回答欄にご記入ください。
さぁ、皆さん、数値はイメージできましたか?
では、準備ができた方から、ご覧いただきましょう。結果はこちらです(図表2)。
あれ? さっきのオジサンのグラフと比べると、なんだか形が違います。平均値は4342万人ですが、回答分布をみると、5千人未満から1億人以上まで、広範囲に広がっています。
どこかに回答が集中するということがなく、最も多く分布する7000万人以上8000万人未満でも12%程度にすぎません。「世論って何人以上?」に対する皆さんの認識は丘陵型に広がっているようです。
さらに男女別でみると、平均値は男性3947万人、女性4745万人と女性の方が若干多く、7000万人以上で女性の割合が男性を上回っています(図表3)。
しかし、グラフの形は男女とも、やはり丘陵型のまま。
これまで生活総研では、「近所って何メートル?」「ちょっと一杯って、何分以内?」など、様々な物事に対する人々の認識を何度もマインドスコアで明らかしてきました。
先ほどのオジサンの認識に40~44歳、50~54歳のふたつの山があったように、調査したほとんどの物事についてイメージの山を見つけることができていました。
今回も世論の山が見つかるはず...とトライしましたが、秘技マインドスコア破れたり...。期待は見事に外れてしまいました。
世論は「数」じゃない!
なぜ、このように「世論」の認識はばらつくのでしょう? 回答理由に、そのヒントがないか探っていくと、以下のような声が気になりました。
「大多数ではなくても、声の大きい人、影響力のある人の意見が大多数であるかのように言われてしまっていると感じる(5人・46歳女性)」
「世論は多数決ではなく、声の大きさやアピール力で決まる。影響力のある人が2000人も集まれば十分世論を代表する(2000人・59歳男性)」
「これだけの人の意見が一致すれば 世の中を動かせそう(1000万人・59歳男性)」
「過半数の人が同じ意見であれば、その意見に影響されてくる人も多いと思うから(7000万人・27歳女性)」
これらの理由を挙げていただいた人の世論のイメージは、5人から7000万人と相当な幅があります。
しかし、これらの意見に共通するのは、人数に関わらず、人や世の中への影響力を挙げていらっしゃることです。
今は日本人の生き方・暮らし方、価値観が、人それぞれの"個"の時代。
だからこそ、世論は単に人数という"量の尺度"だけではなく、個、もしくは個の集合体である世の中に対する声の大きさやアピール力という"質の尺度"も含めないと、測れなくなっているのかもしれません。
人間による 世論と、人工知能による AI論
「世論」にまったく影響されない「個」は、そういません。加えて、「個」が影響を受けるのは「世論」だけではなくなってきています。
例えば、テクノロジーの進化によるAI(人工知能)は意識すべき存在ではないでしょうか。
AIは、生活者一人ひとりの行動ログをベースに、それぞれの個に最適をおススメしてきます。
私たちが、そうしたおススメを参考にしながら、情報や商品を選ぶことも日常的になっています。
先日、中国人の友達から教えてもらいましたが、AIによるレコメンドは中国でも盛り上がっているそうです。
代表例として彼女が挙げたのが、マイクロソフト中国が開発した対話型AIチャットボット「シャオアイス(小冰)」。いったい、どんなおススメをしてくるのでしょうか。彼女が送ってくれたシャオアイスとの対話画面を紹介しましょう(図表4)。
(図表4)
友:お勧めの歌はある?
シ:普段、いつ歌を聴いているの?
友:夜
シ:そう、じゃあ、これ。最近、私が聴いてるやつ
友:ありがとう
シ:全然、大丈夫
友:子供向けの歌もあるの?
シ:ない。ポップスだけ
友:そう、わかった
シ:私はポップスが好き
この会話、まるで人間同士みたいですよね。
友人の行動ログやビッグデータに基づくレコメンドをするAIでありながらも、「私が聴いてる」とか、「私はポップスが好き」と、「私」のお気に入りとして、おススメしてくるところが、人間同士のやり取りに近くて微笑ましいです。
AIが人間っぽい表現をするようになると、人間の方もAIに対して実際の人間とやりとりしているような錯覚をしたり、気持ちを抱くようになっていくかもしれません。
未来に生まれる? 世論 vs AI論 vs自論 の悩み
これからの未来において「何を買うか」「何をするか」などを決める際に、人々は何を参考にするようになるのでしょうか。
人数という量ではなく、声の大きさやアピール力といった質で影響を及ぼしてくる「世論」、あるいはテクノロジーでぴったりをオススメしてくれる「AI論」。私たちの周りには既に「論」が溢れていますが、IoT(全てのモノがインターネットにつながる状態)などテクノロジー&デジタルの発展に伴い、今後、さらに検討すべき「論」は増えていくでしょう。
私たちが実施する「生活定点」調査では「情報は多ければ多いほどいいと思う」と感じる人は1998年25%でしたが2018年は12%。20年間で半減しました。
情報がさらに溢れるであろう未来...。「世論」と「AI論」のどちらを参考にすればいいのか悩む生活者や、逆に「情報に振り回されたくない、結局信じられるのは自分だ」と自論を尊重する生活者が増えていくかもしれません。いずれにしても、「みんなが持ってるから僕も欲しい」というお馴染みのセリフは、この先あまり聞かれなくなるのかもしれませんね。
執筆を担当した研究員
夏山 明美
博報堂生活総合研究所 主席研究員
1984年博報堂入社。主にマーケティング部門で調査分析、各種戦略立案などを担当。2007年より現職。独自調査の管理・運営、生活変化の研究業務などを担当。共著に『わかる!ビジネス・ワークショップ~共創型戦略構築プロセスが実行力を生む~』(PHP研究所)、『C to B社会~賢くなった生活者とco-solutionの関係へ~』(日本マーケティング協会・季刊マーケティングジャーナル)など。