統合失調症のさまざまな症状が、記憶や感情を担う脳内ネットワークを構成するシナプスの減少によって生じる仕組みの一端を、国立精神・神経医療研究センター神経研究所微細構造研究部の一戸紀孝(いちのへ のりたか)部長と佐々木哲也研究員らが霊長類のコモンマーモセットの研究で示した。霊長類を使って記憶や感情を担う脳神経細胞の発達過程を調べた初の定量的研究で、精神疾患解明の手がかりになりそうだ。7月27日の米科学誌Brain Structure and Functionオンライン版に発表した。
ヒトを含む霊長類は、生まれてすぐ脳の神経細胞同士が結合するシナプスを急激に増やし、少年期になると、不要なシナプスを刈り込んで、効率化していく。これは霊長類に特有の脳の発達で、マウスなどではこの現象は見られない。統合失調症などの精神疾患は「シナプス病」とも呼ばれ、シナプスの数が極端に減少して大脳皮質が平均よりも薄くなっていることがMRI画像で報告されている。
研究グループは、霊長類のモデル動物で、小型のサルのコモンマーモセット(体重約300グラム) を使って、大脳皮質の発達過程を詳しく調べた。脳の海馬と強く結合して記憶や感情に関わる領野(24野・14r野)と、俊敏な判断に関わる領野(8B/9野)はいずれも乳幼児期にシナプスを増大させた後、少年期に入ると減少させていた。しかし、俊敏な判断に関わる領野は、思春期以降もシナプスを減少させていくのに対し、記憶に関わる領野は、思春期に入ると、シナプスを一定数に保っていた。
神経細胞は樹状突起の枝に「樹状突起スパイン」という情報を受け取るアンテナを多数生み出す。この一つのスパインが一つのシナプスと結びつくことを利用して、神経細胞に色素を注入して細胞ごとのスパイン数を調査した。スパイン数も乳幼児期に増えて、少年期に減ることはいずれの領野でも同じだった。しかし、俊敏な判断に関わる領野は思春期以降もスパインを減らしていくのに対し、記憶に関わる領野は思春期以降スパインを一定数に維持し、シナプスとよく似た変動を示すことも確かめた。
記憶の領野が思春期以降シナプスやスパインを減少させないこの現象は「海馬から常に情報を入手し、記憶を維持していくために必要なため」とみられている。今回の発見から研究グループは「通常は一定数に保たれている、記憶や感情に関わるシナプス数の減少が統合失調症の発症に関与しているだろう。統合失調症の発症時期が思春期から30歳ぐらいまでであることも、この現象の関与を裏付けている」と結論づけた。
一戸紀孝部長は「俊敏な判断を要求される領野でシナプスが減り続けるのは、経験で直感的な判断ができるように、不要なシナプスが刈り込まれているのではないか。一方、記憶関連領野では、経験で新しいシナプスが生まれ、古いシナプスが排除されて、シナプスが一定数に保たれている可能性が大きい。記憶関連領野のシナプス維持に関わる遺伝子を解明すれば、統合失調症治療の新しい道が開ける」と期待している。
関連リンク
・国立精神・神経医療研究センター プレスリリース