ヒトの体には血管が張り巡らされているが、ごくわずかしか血管が進入しない臓器が例外的に存在する。そうした血管が乏しい臓器である網膜では、血管の進入が排除される仕組みがあることを、慶應義塾大学医学部の久保田義顕(くぼた よしあき)准教授らが初めて解明した。血管の形成に必要な血管内皮細胞成長因子(VEGF)が網膜の神経細胞に取り込まれて消化され、網膜の内部に血管が進入できないことを突き止めた。網膜への血管の進入が視力低下や失明の原因となる糖尿病性網膜症や加齢黄斑変性などの治療法開発の手がかりになる成果として注目される。10月23 日付の米科学誌セルのオンライン版に発表した。
体中のあらゆる臓器は血管を介して酸素や栄養の供給を受けるため、生命を維持するのに血管は欠かせない。しかし、一部の臓器(網膜や角膜、椎間板、軟骨など)には、他の臓器に比べてごくわずか、あるいは全く血管が進入しないことが知られている。この一部の臓器において血管が排除される仕組みは、さまざまな疾患の原因の解明や創薬の面からも非常に重要で、世界中で探索されてきた。
研究グループは、生まれたばかりのマウスに着目した。この新生期マウスの網膜は全く血管が進入しない代表的な無血管組織で、網膜も観察しやすい。網膜の周りには、血管形成、伸長を促すVEGFが放出されているが、血管に働きかける前に、網膜内部にある神経細胞に取り込まれ、消化されることを見いだした。網膜神経のこの機能によって、網膜内部に血管が進入できない。逆に、網膜の神経細胞の表面でVEGFを受け取る受容体の遺伝子を改変してVEGF受容体を欠失させたマウスは、網膜に大量の血管が進入していることを実証した。
久保田義顕准教授は「VEGF受容体は血管にしか発現しないと考えられていたので、神経細胞にも存在することは意外な発見だ。成人の失明の主要な原因となっている糖尿病性網膜症や加齢黄斑変性は、網膜に血管が進入して起きる。今回の成果は、これらの疾患の病態の解明や治療法につながる可能性がある。血管新生はがんの増大にも関連する。血管の排除を促進する薬剤を開発できれば、がんの新しい治療にも役立つだろう」と話している。
図. 網膜で血管が神経によって排除される仕組み。正常な網膜神経は、血管の進入を誘導するVEGFを取り込み、消化しているため、網膜に血管は進入しない(左)が、遺伝子改変でVEGF受容体を欠失して、VEGFを取り込めない網膜神経の周りにはVEGFが多量に存在するため、網膜内部に向けて血管が進入する(右)。
(提供:慶應義塾大学)
慶應義塾大学 プレスリリース
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