ヒトの皮膚細胞を血管内皮細胞に転換する遺伝子を、慶應義塾大学医学部の森田林平(もりた りんぺい)専任講師と吉村昭彦(よしむら あきひこ)教授らが突き止めた。この遺伝子をたった1つ、ヒト皮膚線維芽細胞に導入するだけで、血管内皮細胞を作製し、マウスの移植実験にも成功した。虚血性疾患への血管新生療法などに道を開く発見といえる。久留米大学医学部の安川秀雄(やすかわ ひでお)准教授、佐々木健一郎(ささき けんいちろう)講師との共同研究で、12月24日付の米科学アカデミー紀要オンライン版に発表した。
血管は、組織細部に酸素や栄養などを運び、生命の維持に欠かせない。生活習慣病などによる血管障害に対して、血管内皮細胞の移植は有効な治療法とされるほか、臓器再生の成功を導く重要な要素と考えられている。このため、少ない因子で、誰からも採取可能な細胞から血管内皮細胞を確実に誘導することが待望されていた。
研究グループは、血管内皮細胞が発生の初期に血液細胞と共通の前駆細胞から作られることに注目した。血管内皮細胞や血液細胞の発生に重要な18種類の転写因子の候補を、健常人から採取したヒト皮膚線維芽細胞に導入し、血管内皮細胞に直接転換させる因子を探索した。この結果、たった1つの転写因子の遺伝子 ETV2を導入しただけで、皮膚線維芽細胞から血管内皮細胞を3~4%の効率で作製できた。その仕組みとして、ヒト皮膚線維芽細胞内で働いている別の転写因子のFOXC2と一緒に働いて血管を誘導することを確かめた。
この方法で作製したヒト血管内皮細胞は、ETV2が発現し続ける限り、安定した性質を示した。免疫不全マウスの皮下に移植すると、1カ月半後でも成熟した血管構造を維持していた。また、マウスの下肢の動脈を閉塞させた下肢虚血モデルに移植した場合、虚血を有意に回復させた。これらの実験で、ヒト皮膚線維芽細胞から作った血管内皮細胞は体内で機能的な血管を形成できることがわかった。たった1つの転写因子の導入だけで済むため、血管新生療法や臓器再生に必要な安全な血管内皮細胞の開発につながると期待される。
森田林平専任講師は「たった1つの遺伝子導入で血管内皮細胞に転換できるのは、ヒト皮膚線維芽細胞にその準備ができているためだ。細胞の転換は、導入する遺伝子ばかりが注目されがちだが、導入される側の細胞も重要だといえる。この手法で作製した血管が、長く観察しても機能を維持できるかなど、詳細に解析して、臨床応用の道を探りたい。また、この研究は、体内で血管が発生する仕組みの解明にも役立つだろう」と話している。
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・慶應義塾大学 プレスリリース