巨大ブラックホール周辺の意外に複雑な実体に迫る観測結果が出た。南米チリのアタカマ砂漠の標高約5000mの高原にあるアルマ望遠鏡で渦巻き銀河を観測し、その中心部に存在する巨大ブラックホールの周りのガスに有機分子が集中して存在することを、国立天文台野辺山宇宙電波観測所・総合研究大学院大学の高野秀路(たかの しゅうろ)助教と名古屋大学太陽地球環境研究所の中島拓(なかじま たく)助教らが初めて明らかにした。
ブラックホールの周囲は、強烈なエックス線や紫外線で有機分子が壊されるという従来の見方を覆す発見で、大量のちりとガスによってエックス線や紫外線が遮られているマイルドな領域の存在を示唆した。謎に包まれた巨大ブラックホール周辺の環境を理解する上で重要な発見といえる。東京大学、台湾中央研究院、米バージニア大学、上越教育大学との共同研究で、日本天文学会欧文研究報告の2月号などに発表した。
宇宙空間に存在する分子の化学組成からは、その場所の温度や密度など環境の情報を得ることができる。さまざまな分子はそれぞれ固有の周波数で電波を放つため、電波望遠鏡を使えば、遠く離れた天体の化学組成と環境がつかめる。銀河中心に存在する巨大ブラックホールの周辺も、分子が放つ電波が盛んに観測されてきた。しかし、分子の電波は微弱なため、従来の電波望遠鏡は検出するだけで何日もかかっていた。
研究グループは、くじら座の方向、4700万光年のかなたの渦巻き銀河M77をアルマ望遠鏡で観測した。M77の中心には活動銀河核の巨大ブラックホールがあり、その周囲を半径約3500光年のリング状の爆発的星形成領域(スターバースト・リング)が取り囲んでいる。長野県・野辺山の45m電波望遠鏡での電波観測を基に、世界最高性能のアルマ望遠鏡で詳細な観測を発展させた。
アルマ望遠鏡によって、M77の活動銀河核の周りとスターバースト・リングで9種類の分子の分布が鮮やかに描き出された。研究グループを率いる高野秀路さんは「アルマ望遠鏡完成時のアンテナ数の約1/4に当たる16台程度しか使っていないが、わずか2時間足らずで、これほど多くの分子の分布図を得られたのは初めてで、驚いた」と振り返る。
分子ごとに分布はさまざまだった。一酸化炭素(CO)は主にスターバースト・リングに分布、シアノアセチレン(HC3N)やアセトニトリル(CH3CN)など5種類は巨大ブラックホールの周りに集中していた。硫化炭素(CS)やメタノール(CH3OH)は両方に存在した。巨大ブラックホールの周りに集中していた5種類の分子がこれほど高い解像度で観測された例はなく、高い感度と幅広い周波数帯を一度の観測できるアルマ望遠鏡の威力を示した。
特に、原子の数が多いアセトニトリルやシアノアセチレンが巨大ブラックホールの周りに豊富に存在していることはまったく予想外だった。巨大ブラックホールは強大な重力で周囲の物質を引き寄せて、周りに高温の円盤を形成し、強烈なエックス線や紫外線を放射して、分子をほとんど破壊してしまうと考えられていたからだ。
研究グループは「巨大ブラックホールの周りでは、ガスが非常に濃くなっているため、中心部からのエックス線や紫外線が遮られてマイルドな環境ができて、有機分子が壊されずに残っているのではないか。中心からより離れた爆発的星形成領域では、ガス密度が低いため、強い紫外線で有機分子は壊されてしまっている」という新説を提唱した。
高野秀路さんは「巨大ブラックホール周辺のガスの遮蔽効果は研究が始まったばかりだ。今回の結果は、巨大ブラックホールを取り囲むガスの構造やその温度・密度を理解する一歩となった。アルマ望遠鏡で、広い周波数範囲、より高い解像度の観測を重ねて、詳しく全容を明らかにしたい。驚きの結果がさらに出てくるだろう」と今後の展望を語っている。
関連リンク
・国立天文台 プレスリリース