「締め切りは絶対に守るもの」と考えると世界が変わる

締め切りを守れるかどうかは、締め切り間際のラストスパートで決まるのではなく、もっと前の段階での、「仕事への姿勢」そのものから決まるのだ。

2011年にインプレスジャパンから「エンジニアとしての生き方」という本を出版して以来、書籍よりは「メルマガ(週刊 Life is Beautiful)」の執筆を優先して来た私ですが、この度、とある編集者に説得されて「時間術」の本を出版することになりました。

「時間術」とは言っても、巷に良くある「どうやって時間を効率よく使うか」という話ではなく、実際の仕事の現場において「常に締め切り通りに仕事を終える人」になるための、私なりの「仕事に対する取り組み方」を解説した仕事術の本です。

「いつも締め切りに追われている」「締め切り間際にならないと本気で仕事ができない」という悩みを抱える人たちには是非とも読んでいただきたい本です。締め切りを守れるかどうかは、締め切り間際のラストスパートで決まるのではなく、もっと前の段階での、「仕事への姿勢」そのものから決まるのだということが本書を読めば理解していただけると思います。

以下に、本書の一部を公開します。

 ◇ ◇ ◇

100人に1人もできない「あること」とは?

今まで、たくさんの日米のエンジニアと仕事をしてきました。その中には私よりも明らかに賢いエンジニアもいましたし、ものすごい生産性でプログラムを作ってくれる馬力のあるエンジニアもいました。

しかしそんな中でも、私が仕事をするうえで最も大切だと考えている「あること」をきちんとこなせる人は100人に1人もいませんでした。その「あること」とは、「常に締め切りを守ること」です。正確に言い換えれば、「常に締め切りを守れるような仕事の仕方をすること」です。

2章のビル・ゲイツの例で話したとおり、あなたの仕事は、パーティーに花が間に合うよう花屋さんに予約をすることではなく、パーティーに花を間に合わせることです。期日に間に合うよう予約しても間に合うとは限りません。予期しないアクシデントが起こることを前提としなければならないのです。

チームで仕事をする場合、どうしてもお互いが担当するタスクの間に依存関係が生じます。そんなときに、どれか一つのタスク完了の遅れがほかのタスクの完了に波及し、全体のスケジュールがさらに遅れる、という事態はソフトウェア開発の現場ではよく見られます。これはほかの一般的な職場でも頻繁に起こっていることでしょう。上司からすると、安請け合いして締め切りを守らない部下ほど、残念な気持ちにさせられるものはないのです。

そんな状況をできるだけ回避するには、プロジェクトに関わる人全員が自分に割り当てられたタスクは「必ず期日以内に仕上げる」という強い意志を持って仕事にのぞむことが必要です。そもそも部下にとっては、上司に約束した納期に仕事を間に合わせることが仕事の第一の鉄則なのです。

「そんなこと言ったって、仕事の過程において予想不可能な事態に陥ることはよくあることで、締め切りを絶対に守ることなんて無理」と思う人もいるでしょう。たしかにそのとおりです。みなさんは怠慢が原因で締め切りを破ることなんてないはずですから、きっと締め切りを破るとしたら予測不可能な事態が原因だろうと思います。

しかしスケジュールの立て方・仕事の進め方の段階から、締め切りを守ることの大切さをきちんと認識すれば、何があっても常に締め切りを守り続けることは十分に可能なのです。

「ラストスパート志向」が諸悪の根源

大半の人が、スケジューリングの段階から大きな勘違いをして仕事に取り掛かっています。締め切りという言葉への典型的な誤った考え方は、次のようなものでしょう。

・見積もりはあくまで見積もりでしかなく、予定どおりに仕事が進むとは限らない

・締め切り目前に、徹夜でも何でもして頑張ることが大切

・それでもどうしても締め切りに間に合わなかった場合は、その段階でスケジュールを変更してもらうしかない

たとえば、このような意識を持っているエンジニアに、私があるソフトウェアの作成を依頼したとしましょう。するとそのエンジニアは、今までの経験から「3か月くらいでできると思います」と軽い気持ち(漠然とした見積もり)で答えます。

多くの場合、この手のエンジニアはプロジェクトを甘く見て、最初の2か月くらいはのんびりとすごします。残り1か月くらいの「お尻に火がついた」状態になって頑張るのですが、あわてて作るためにスパゲッティコード(スパゲッティのように複雑に絡み合ってしまったプログラム)になってしまいます。

残り2週間目くらいでソフトウェアはそこそこ動き始めますが、まだまだ機能は不十分だし、バグもたくさんあります。最後の1週間でバグの修正に取り掛かりますが、最後の最後になって基本設計上の欠陥が見つかります。しかし、いまさら後戻りはできないので、バグを回避するための、その場しのぎのパッチ(修正プログラム)を当てますが、そんなことをしているとますますプログラムが汚くなっていきます。

最後は徹夜もしますが、寝不足でミスが続き、結局バグが取れずに締め切りの日になってしまいました。私には「申し訳ありません、できませんでした」と言うしかありません。「じゃあどのくらいで完成するの」と聞くと、「あと2週間あれば大丈夫だと思います(根拠なし)」と答えます。しかし、2週間では根本的な変更などできるはずもなく、パッチにパッチを当て、目も当てられないようなプログラムになっていきます。

結局2週間努力しても問題は解決せず、「根本的な問題の解決のためにあと2か月ください」と言い出します。しかたがないのでスケジュールの変更を認めると、時間に余裕があるので、また最初の1か月はのんびりしてしまいます。

そうして最後の1か月でラストスパートをかけようとしますが、再び同じような状況に陥り、最後は徹夜の連続。再び寝不足のためにプログラムが汚くなり、バグが多発。結局、新しく設定した締め切りも逃してしまいました......。

こんなことでは、プロの仕事とは言えません。この仕事の根底には「締め切り=努力目標」という考えがあり、「目標に向けて精一杯努力をすることが大切」という体育会的な姿勢があります。そして最も良くないのが「ラストスパート志向」です。多くの人が、「最初はのんびりしていても、最後に頑張ればなんとかなる」という根本的な誤ちを改めるところから始めないといけません。

ラストスパート志向の一番の欠点は、最後の最後までそのタスクの本当の難易度がわからないという点にあります。どんな仕事でも、やってみないとわからない部分が必ずあるのです。

だからラストスパート志向で仕事に取り組むと、仕事の後半に予想外のアクシデントが発生して、完了までの時間が延び、ほかの人に迷惑をかけてしまう可能性が出てくることを忘れてはいけません。これは1章でも2章でも何度もお話しした大事なことです。

まずは「締め切りは絶対に守るもの」と考える

ではたとえば上司から「これ10日でやっといて」という仕事が降ってきたとき、どうすればいいでしょうか?

大切なことは、スケジューリングの段階から「締め切りは絶対に守るもの」という前提でのぞむことです。すると予定を立てる段階から、次のような真剣なやり方をとらざるを得なくなるはずです。

①「まずはどのくらいかかるかやってみるので、スケジュールの割り出しのために2日ください」と答えて仕事に取り掛かる(見積もりをするための調査期間をもらう)

②その2日をロケットスタート期間として使い、2日で「ほぼ完成」まで持っていく

③万が一、その2日で「ほぼ完成」まで持っていけなかった場合、これを「危機的な状況」と認識してスケジュールの見直しを交渉する

まず①ですが、「締め切りは絶対に守るもの」ということを常に念頭に置いておけば、何も考えずに「だいたい 10 日くらいでできると思います」のようなあいまいな回答はできないはずです。

当然ですが、仕事の最初の段階では見積もりすら不可能なタスクも多々あります。しかし、その手のものを、今までの経験をもとにざっくりと見積もるのはとても危険な行為です。そういう場合は、まずは上司から指定された期間の2割(この場合は2日間)を見積もりのための調査期間としてもらい、その期間、猛烈に仕事に取り掛かります。仕事の真の難易度を測定するためです。

その間に「8割方できた」という感覚が得られたなら上司に「10日でやります」と伝えます。そこまで至らなかったら、相当難しい仕事と覚悟したほうがいいでしょう。上司に納期の延長を申し出るのは、早ければ早いほどいいわけですから、8割方できなかった場合は期日の延長を申し出ましょう。

スタートダッシュで一気に作る

大切なのは、②で全力のスタートダッシュを行うことです。『マリオカート』をやったことはあるでしょうか。『リッジレーサー』でも『グランツーリスモ』でもそうですが、あらゆるレーシングゲームにはスタートダッシュ(ロケットスタート)というテクニックがあります。スタート前の「3→2→1」のカウントダウンのあいだに、適切なタイミングでボタン操作をすることで、スタートと同時に圧倒的に加速でき、ほかを引き離すことができるテクニックです。これをイメージしてください。

「締め切りに迫られていないと頑張れない」のは多くの人々に共通する弱さですが、先に

述べたように、仕事が終わらなくなる原因の9割は、締め切り間際の「ラストスパート」が原因です。

ですから、 10 日でやるべきタスクだったら、その2割の2日間で8割終わらせるつもりで、プロジェクトの当初からロケットスタートをかけなければなりません。初期段階でのミスならば簡単に取り戻せますし、リカバリーの期間を十分に持つことができます。

とにかくこの時期に集中して仕事をして、可能な限りのリスクを排除します。考えてから手を動かすのではなく、手を動かしながら考えてください。崖から飛び降りながら飛行機を組み立てるのです。

作業を進めていって根本的な方向転換が必要だったら、この時期に行います。たとえばソフトウェアの開発ならアーキテクチャ(基本設計)の変更などです。何だか全然ダメなものができてしまったらもう一度ゼロからやり直します。健康だけには気をつけながら、全力疾走で仕事と向き合います。

そうして、実際に指定の2割の時間がすぎた段階で、仕事がどのくらい完了しているかをできるだけ客観的に判断します。8割方終わっていればスケジュールどおりに進んでいると考えていいでしょう。6割くらいしか終わっていなかったらかなりの危機感を持つべきです。その段階で万が一、完成度が6割未満だった場合は、③のとおり、「締め切りまでに完成できない可能性がある」と判断し、上司に状況を説明してスケジュールの見直しをしてもらいましょう。

締め切り直前ではなく、締め切りよりもはるか前に、期日に間に合わせられるかどうかを見極めることが大事なのです。この段階で「まだ2割しか時間を使っていないから大丈夫」と思うのは大間違いです。全力疾走で2割の期間を使って、まだ「ほぼ完成(8割方完成)」の状態に持っていけてないのだったら、かなりの確率で締め切りには間に合わないと判断すべきです。

逆にその時点で8割がた完成していれば、上司に「 10 日のスケジュールで大丈夫です」と伝え、残りの2割の「完成にまで持っていく仕事」を残りの8日間をかけてゆったりと行っていきます。余裕があればその期間に、次の仕事の準備を進めたりもします。

この段階で大切なのは、「全力で仕事と向き合う」ではなく「仕事の完成度を高める」であることを強く意識して向き合うことです。8割の時間を使って2割の仕事をこなすわけですから「仕事が終わらないわけがない」という余裕が生まれます。心地いいほど完璧なスラックの獲得です。

ここまでが、私が実践している仕事との向き合い方の全貌です。一言で言えば「時間に余裕があるときにこそ全力疾走で仕事し、締め切りが近づいたら流す」という働き方です。仕事に対する姿勢を根本的に変えなければならないので簡単な話ではありませんが、確実に効果があることを保証するので、なるべく多くの方におすすめしたいと思っています。

人は誰しも無意識のうちに不安を抱えながら仕事をしています。締め切りに間に合うかどうかを恐れているからです。ですから、取り掛かる時期が早ければ早いほど不安は小さくなります。取り掛かりを前倒しし、華麗なロケットスタートを切れば、仕事のほとんどが期限の2割程度の時間で終わります。

その瞬間を体験したとき、あなたの目から見えている景色は180度変わっていることでしょう。ぜひその快感を体感してみてください。