先日「和食」がユネスコ無形文化遺産に登録が決まる見通しとなった、という報道がありました。正式には「事前審査をするユネスコの補助機関が登録を勧告した」という状態ですが、これが覆った例はないため、おそらく今年12月には正式に登録されるだろうということです。すでに登録されているのがフランス料理、地中海料理、メキシコ料理、トルコのケシケキで、今回登録されれば世界三大料理の1つである中華料理も押しのけ、5つめの登録となります。
しかし、そもそも「和食が無形文化遺産」と言われても、なんだかわかるようなわからないような話ですよね。おいしければいいってものでもないようですし、ポピュラーであったり歴史があったりすればなれるものでもないようです。「無形文化遺産」というのはいったい何なのか、「世界遺産」とは違うのか、食が遺産として登録されるというのはどういうことなのか...。私たちはいったい何が評価され、これから何を保護していかなくてはいけないのでしょうか。
そこで、「食の無形文化遺産とはいったい何なのか」「無形文化遺産としての和食とはどのようなものなのか」について、2回に分けて書いてみようと思います。
■ 無形文化遺産とは?
無形文化遺産と世界遺産はいずれもユネスコという国連専門機関によって登録・保護されています。世界遺産は「顕著な普遍的価値」を有する遺跡・建造物・景観・自然などの「有形の不動産」が対象です。これに対して無形文化遺産とは、慣習や儀式、技術、知識など、実体のないものが対象となります。「無形文化遺産の保護に関する条約」では「口承による伝統及び表現、芸能、社会的慣習、儀式及び祭礼行事、自然及び万物に関する知識及び慣習、伝統工芸技術」と定められています。
■ すでに登録されている食の無形文化遺産
では、食分野における無形文化遺産とはどういうものなのでしょうか。すでに登録されている4つの食の無形文化遺産について簡単にまとめてみました。
▼フランスの美食術(フランス)
フランスの人たちが、誕生日や結婚などの記念日や大切な出来事を料理で祝う社会的慣習。食材の選び方、ワインと食べ物の組み合わせ方、フルコースの料理を出す順番、食器のセッティグ、マナーなどの知識や慣習。
これらの、社会的慣習や知識といった側面が主に評価されています。
▼地中海料理(スペイン・イタリア・ギリシア・モロッコの4カ国の共同申請)
地中海式の農業によって栽培・収穫・加工されたオリーブオイルと少量の肉から油脂をとり、穀類、フルーツ、野菜、適度な肉・魚・乳製品といった食材をバランスよく適量のワインとともにいただき、食卓を囲みながら語り、楽しみながらゆっくりと味わう。
このような、食品の生産、加工、消費に関わる風景や技術、知識、社会的慣習が総合的に評価されています。
▼メキシコの伝統料理(メキシコ)
メキシコ料理には7000年前から口承で伝えられている伝統が色濃く残っており、トウモロコシ、豆、唐辛子の3つを基本とし、多様な国土でとれる様々な農産物を材料に作られます。
環境と調和した伝統農法や、儀式や祭礼行事、人生の出来事に結びつき生活の中にとけ込みながら、代々受け継がれてきたことなど、儀式や慣習としての側面が評価されています。
▼トルコのケシケキ
トルコの伝統料理のひとつケシケキは、麦と肉、タマネギを水と油で一晩かけて煮込んだおかゆのような食べ物。おかず扱いなのでパンと一緒にいただきます。
結婚式や割礼式、祝日、雨乞いなどの儀式で、連帯感を強めるために儀式の主催者がふるまうもので、歌を歌いながら音楽にあわせて小麦を脱穀し、すりつぶす儀式全体が文化遺産として認められています。
こうやって見ていくと、意外と内容が地味なんですよね。宮廷料理のような高級感や絢爛豪華なものはなく、むしろ庶民の生活に根ざしたようなものばかりです。また、食べ物そのものや味がどうこう、というよりは食と社会の関わり、食に関わる文化・慣習・知識全体が対象とされています。この辺りが、ミシュランなど、いわゆる食の格付けとは大きく異なる点と言えるでしょう。
■「体にいい」「おいしい」以外の食の意義とは
私たちは食について評価する際「栄養的に優れているか」「味が優れているか」というところに注目しがちです。しかし、食はそれ以外にもいくつもの機能や要素を持っています。
食の持つ機能は大きく5つに分けられます。
・生理的機能:食の最も基本的な役割はエネルギーや栄養素を摂取し生命や健康を維持していくことです。食欲の根源といえます。
・精神的機能:私たちは食事を通して空腹を満たすだけでなく、食べ物の味や香りを楽しみ、心理的な満足を得ています。これは、私たちの食欲の副産物と言えるかもしれません。
これらが「栄養」と「味」に関わるものです。私たちの欲求に深く関連することもあり、一般的にはこの2つのイメージが強いかと思います。
一方、食の無形文化遺産は残り3つの機能に重点を置いています。
・社会的機能:食は人間関係の媒体としても機能しています。家族の団らんや飲み会・食事会の場で仲を深めるなど、私たちは食事を通して人間関係を築いています。また、それを円滑に進めるため、食におけるルールやマナーが決められています。
・文化的機能:各地の郷土料理や行事・儀式の際に食べられる食事は、自然や歴史、宗教を通して培われた文化の重要な一部です。お正月には鏡餅をお供えし、鏡割りの日にそれをいただく、というのも食が行事・儀式に重要な役割を果たしている一例です。
・教育的機能:食卓は子どもが食べ物に関する知識やマナー、習慣を身につける場でもあります。ここまでに挙げられた4つの役割に関して、大人から子どもへと伝えていくことが求められます。
このように食に関わる、社会的慣習、伝統、行事、儀式、それらを支える知識や技術。これらを保護し伝えて行くことで、その食が守り育まれてきた社会や文化そのものを保護し、次の世代へと伝えていく。これが「食の無形文化遺産」というものであるようです。
それでは、和食には、どのような社会や文化が内包されているのでしょうか。次回はこの点について書いていこうと思います。