トランプ政権が発足して50日が過ぎた。
アメリカでは新政権発足から100日間はハネムーン期間といわれ大統領の活動を見守る風潮があるが、トランプ大統領のそれは嵐が吹き荒れている。
今回のトランプ政権誕生については報道や世論調査と反する結果になったことには衝撃を受けた。なぜここまで世論調査とかけ離れた結末になったのか。おそらくデータ抽出が都市部に偏りすぎたのではないか、中部のトランプ支持者の存在を無視したのではないか、それとも反クリントン有権者を甘く見すぎたのではないかと様々な憶測が浮かんできた。
アメリカ国民の大半がトランプ大統領就任に反対している?いや、その反対に位置するアメリカ国民も大半を占めるから、トランプ大統領誕生の結末となったのだ。
アメリカは今、民意が二極化しているように感じる。
そして、その価値判断の基準は、まるで「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」というような、トランプ大統領が好きといえば彼のすべてが好きなのだと言わんばかりの偏りがあるように感じる。
■ なぜ最高裁判事の任命が重要なのか
この50日あまりでトランプ大統領は、TPPを離脱し、入国制限に関する大統領令を発令する等、各国への威嚇などを含めて攻撃的な活動が目立つ。これは討論会やキャンペーン中に掲げた公約を守っているという印象を与えるためだと考えられる。とはいえ、大統領が発令した入国禁止令も連邦巡回裁判所が差し戻した通り、今後は司法、立法、行政がバランスを保ちながら国家の方向性が示されていくだろう。
さて、こうしたパフォーマンスは彼が大統領であるから発揮できる効力である。大統領の任期が終われば権限もなくなる。つまり、大統領としての任期、最長で2期8年しかないのだ(※ただし、任期の合計が6年以下の場合は例外的に3期目も継続可能)。
世間をにぎわす一連の彼のパフォーマンスの嵐にかき消されそうになっているが、私は一人の米国弁護士として声を大にして伝えたいことがある。
9人目の最高裁判事任命の重大性だ。
トランプ大統領によってニール・ゴーサッチ氏が9人目の判事候補に指名されたことで、アメリカ国外でも注目を集めているが、昨年2月にアントニン・スカリア判事の急逝からアメリカ国民にとっては大きなニュースである。なぜ最高裁判事の任命が注目を集めるのか。4つの特徴から出来る限り分かりやすく解説したい。
1. 連邦最高裁判所は最上級の裁判所である
最高裁判所は違憲審査権(連邦法や州法が憲法に反するかどうかの最終決定)を有しており政策の差し止めなど重大な権限を持っている。
人種差別問題、LGBT、妊娠中絶、死刑囚の再審請求等、アメリカの国民の権利に関して、未来を決める重大な判決が委ねられているのだ。
2015年のいわゆるLGBT法、同性婚は合憲であるという判決は記憶に新しいところだろう。最高裁がアメリカ社会を左右する判決を下すことができる重大な権限を持っていることを示す、直近の顕著な例ともいえる。
この判決後、アメリカ社会はLGBT問題に関してより一層関心が高まった。大きく注目されたのは、トイレ問題だ。自身が認識するトイレの使用を認めるように義務付けるガイドラインを通達したが、ノースカロライナ州が反LGBBT法を成立させ、戸籍に掲載されている性別のトイレを使用することとするなど各地域で物議を醸した。
最高裁の判決がアメリカ社会を大きく変えた事例はこれだけではない。1954年のブラウン事件判決では、人種差別撤廃の流れを作ったし、1963年のニューヨークタイムズ事件裁判では、言論の自由を保障し、報道の在り方について一石を投じた。1973年には、ロー対ウェイド裁判で女性の中絶権を認めた。そして、1966年のミランダ対アリゾナ州事件において、被疑者の黙秘権や弁護士の立会いを求められる権利などを認めた。
こうした社会だけではなく、政治にも影響力を持つ判決を下すことのできる最高裁。権限の大きさから人事に注目が集まることは言うまでもないだろう。
2. 最高裁判事の任期は終身制である
繰り返すが、大統領の任期は最長で2期8年である。しかし、最高裁判事は終身制で、自らが引退、もしくは死去するまで判事として務めることができる。
現在、一番長く任務を遂行しているのは、レーガン大統領に任命されたアンソニー・ケネディ氏。現在80歳で、88年に任命されてから29年が経過している。同時期に任命されたスカリア氏は急逝するまで30年間判事を務めた。そして、現在、最高裁判事の最高齢はルース・ギンズバーグ氏で83歳、93年にクリントン大統領から任命され24年目を迎える。最年少はエレナ・ケイガン氏56歳。2010年にオバマ大統領から任命された。そして、現在の首席判事はジョン・ロバーツ氏、62歳。2005年にジョージ・ブッシュ大統領から任命された。
WHO世界保健統計2016年によるとアメリカ人の平均寿命79.3歳。この数字から推測すると、最年少のケイガン氏を例にとっても、この先、少なくとも3人以上の大統領が誕生し、交代するが、彼女は20年以上にわたり、最高裁判事としてアメリカの重要な判決に携わる可能性があるのだ。
3. 9人の最高裁判事の保守、リベラルといった姿勢は事件によって変化する
最高裁判事は9名、デッドロックを回避するために奇数とされている(スカリア判事が急逝した時のように8人の状態でも審理は行われる)。
現在、保守と目される判事は4名、そして、残りの4名はリベラル派とされている。しかし、私は一般的に言われているとおりに保守、リベラルとはっきりと色分けは出来ないし、支持政党に比例して色分けされるわけではないと考えている。
最高裁判事も人としてさまざまな側面を持つ。たとえば、アンソニー・ケネディ判事は保守的だと目されているが、LGBT関連や妊娠中絶に関しては保守的であるがビジネス関連の事件にはリベラルに考えるである等、提起される問題や事件によってその判断は少なからず変化するからだ。
また、9人のバランスが非常に重要になる。先に挙げた同性婚を合憲とする判決において、その賛否は5対4と分かれギリギリで合憲となった経緯があるように、9人がリベラル、保守のどちらに傾くかによって、これまで合憲とされていたことが覆される可能性があるからだ。
中絶の権利に関して言えば、憲法で権利が認められているにもかかわらず、保守的な州では、LGBTのトイレ問題同様に中絶に関する規制が設けられている現実がある。中絶手術を受ける前に親に報告しなければいけないなど憲法で中絶の権利が認められているにもかかわらず、権利を生かせない状況にある場合もあるのだ。
中絶に関してはトランプ大統領はキャンペーン期間中に、中絶を取り下げてくれる判事を任命すると公言しているが、保守派のゴーサッチ氏が任命されることになれば、保守派のスカリア氏の代わりとなるので、リベラル5、保守4のバランスをこれまでどおり保つことができ中絶の権利は認められるだろう。
しかし、最高齢のギンズバーグ氏が死去あるいは引退した場合、この均衡が保たれず、中絶が逆転するかもしれないし、これまで合憲であると認められていた物事が覆されるかもしれない。トランプ大統領任期中にこの事態は起こりうるのだ。
4. 判事候補の選出は大統領の仕事だが、上院の多数決で決まる
最高裁判事に欠員が出た場合は最高裁判事の候補選出は大統領の仕事とされている。(合衆国憲法修正第二条)候補者の承認は上院単純過半数の多数決によって行われる。簡単にいえば、大統領の政治色を反映した考え方の持ち主が候補として選出され、上院の過半数の占める政党の支持を集めるかどうかがカギとなる。上院において、与党の影響力を反映する最高裁判事の承認に、野党が抵抗するのは当たり前と言えば当たり前だが、オバマ前大統領の下、展開された最高裁判事の任命劇は如実にこのドラマを描き出していた。
保守派の論客であったアントニン・スカリア判事急逝を受けて、メリック・ガーランド氏がオバマ前大統領によって指名された。この時、オバマ前大統領はガーランド氏を良識、誠実、公平を常に体現してきたと称えたが、定数100のうち54議席を共和党が占める上院では、翌年に大統領選を控えている状況でのガーランド氏選出は「民主党の選挙対策」だと揶揄され、彼は最高裁判事就任に至らなかった。
このように両政党の思惑が大統領選と絡み合って空席は約一年も続いた。
そして、今回トランプ大統領によって候補に選出された二ール・ゴーサッチ氏について、ずばぬけた法律の能力、頭脳明晰であり、自制力があるとトランプ大統領は評しており、多くの共和党の支持を受けている。これまでの理屈どおりで物事が進めば、共和党が過半数を超えている上院での戦いは容易とも考えられる。私は保守的な彼の憲法の解釈について、革新的な私は合意できない部分もあるが、彼の解釈は理解できるし、非常に優秀な判事であるし尊敬している。
私はアメリカ国民であると同時に、ビジネス訴訟を専門とする米国弁護士として最高裁の判決にはより敏感かもしれない。今後、こうした世論の傾向を踏まえて動向を見守っていきたい。
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