アメリカが一気に保守に傾く不安

最高裁判事9人のバランスはアメリカの未来を決めるにあたり非常に重要になる。

6月27日、米国最高裁判事・アンソニー・ケネディ氏が7月末を持って引退すると表明した。これを受けて、トランプ大統領が9日、その後任にブレット・カバノー氏(53)を指名すると発表した。上院で承認されれば、アメリカは一気に保守へ傾く可能性が出てきた。

重要なカギとなる9人の判事のバランス

最高裁判事9人のバランスはアメリカの未来を決めるにあたり非常に重要になる。同性婚を合憲とする判決において、その賛否は5対4と分かれギリギリで合憲となった経緯があるように、9人がリベラル、保守のどちらに傾くかによって、これまで合憲とされていたことが覆される可能性があるからだ。ここ数年の最高裁判事の任命劇を振り返ってみよう。

2016年にアントニン・スカリア氏が急逝し、トランプ大統領によってニール・ゴーサッチ氏が9人目の判事に指名され、可決された。

スカリア氏の代わりに保守派のゴーサッチ氏が任命され、リベラル4、保守4、そしてケネディ氏がバランス役の1となっていた。

今回、辞任を表明したケネディ氏は1988年、レーガン大統領によって任命され、9人の最高裁判事のうちもっとも長い30年を任務を遂行してきた。

ケネディ氏は銃規制には保守的に、LGBT関連、妊娠中絶においては女性の権利を認める等、どちらかといえば保守派といえるが、リベラル、保守にはっきりと偏ることなく問題によって立場を表してきた。

そして、後任候補として指名されたカバノー氏は、ワシントン D.C.巡回高等裁判所判事。連邦の全地区熱心なカトリック信者であり、不法入国後に拘束された少女の中絶を認めない判決を下したことがある。銃規制、環境規制の強化に反対の姿勢も示していることから、トランプ大統領の政策をより支持する判断をする可能性が見え隠れする。

たとえ、共和党がトランプ大統領を好ましく思っていなくとも、カバノー氏がトランプ大統領に似た考え方をもっているとしても、共和党にとって最高裁判事に保守派が増えることは歓迎されるだろう。すると、保守色が強まりリベラルが現状維持となれば5対4の構図となり、アメリカが保守に傾いていく様子は想像に易い。しかし、この状態を私をはじめ多くのアメリカ国民は歓迎していない。

さらに今後、最高齢のギンズバーグ氏(84)の引退あるいは死去もトランプ大統領の任期中にありうるため、与党共和党の下、保守派の最高裁判事がもう一人誕生することも考えられる。正直、私はこの状況を憂う。

中間選挙の動向に注目 上院の議席差はわずか2議席

最高裁判事に欠員が出た場合は最高裁判事の候補選出は大統領の仕事とされているが、(合衆国憲法修正第二条)候補者の承認は上院単純過半数の多数決によって行われる。簡単にいえば、大統領の政治色を反映した考え方の持ち主が候補として選出され、上院の過半数の占める政党の支持を集めるかどうかがカギとなる。

共和党のトランプ大統領に指名されたのは保守派のカバノー氏だ。現在、承認機関である上院(定員100)は共和党が51議席と過半数を占めているため順調に運べば共和党により承認されるだろう。49議席の民主党との差はわずか2議席であっても過半数を超えれば多数決は成立する。

当然、上院において、与党の影響力を反映する最高裁判事の承認に、野党は対抗するだろう。

過去にも、オバマ前大統領の下、展開された最高裁判事の任命劇は如実にこのドラマを描き出していたことは前回、述べたとおりである。2016年、保守派の論客であったアントニン・スカリア判事急逝を受けて、メリック・ガーランド氏がオバマ前大統領によって指名された。この時、オバマ前大統領はガーランド氏を良識、誠実、公平を常に体現してきたと称えたが、定数100のうち54議席を共和党が占めていた上院では、翌年に大統領選を控えていた状況でのガーランド氏選出は「民主党の選挙対策」だと揶揄され、彼は最高裁判事就任に至らず、両政党の思惑が大統領選と絡み合って空席は約一年も続いた。

これを逆手にとって上院民主党のシューマー氏は、ケネディ氏引退表明を受けて、共和党に対し「選挙のある年に最高裁判事の使命を審議すべきではないというルールに従うべきだ」と主張した。

ちなみに、7月末に引退するケネディ氏の空席をカバノー氏が埋めるのは、11月に控える中間選挙より前だと私は予想する。

保守色はより強く日常へ反映するかもしれない

最高裁判事には、人種差別問題、LGBT、妊娠中絶、死刑囚の再審請求等、アメリカの国民の権利に関して、未来を決める重大な判決が委ねられている。

2015年のいわゆるLGBT法、同性婚は合憲であるという判決は、最高裁がアメリカ社会を左右する判決を下すことができる重大な権限を持っていることを示した直近の顕著な例だ。

この判決後、アメリカ社会はLGBT問題に関してより一層関心が高まった。

そして、ある意味で多様性を認めるとも言える現状をあぶりだす結果となった。それは、最高裁が下した判決を不満に思う州が、州法によりその決定をすんなりと受け入れていない姿勢を示したことである。

例えば、中絶の権利は憲法で権利が認められているにもかかわらず、保守的な州では中絶に関する規制が設けられている。例えば、中絶手術を受ける前に親に報告しなければいけない等、いくつかのハードルを設けて、権利を生かしづらい状況を作り出している。

LGBTについても同様に、自身が認識するトイレの使用を認めるように義務付けるガイドラインを通達したが、ノースカロライナ州は独自に反LGBT法を成立させ、戸籍に掲載されている性別のトイレを使用することとするなどとした。これらは、ごく簡単に言えば、最高裁判事の決定は覆すことはできないとわかっているけれど、素直に従いたくないという表れだろう。

しかし、今後は最高裁判事に保守派が増えることが、州の保守的な政策を維持する追い風になるかもしれない。

最高裁判事の任期は終身制である

現在、最高裁判事の最高齢はルース・ギンズバーグ氏で83歳、93年にクリントン大統領から任命され25年目を迎える。最年少はエレナ・ケイガン氏56歳。2010年にオバマ大統領から任命された。そして、現在の首席判事はジョン・ロバーツ氏、62歳。2005年にジョージ・ブッシュ大統領から任命された。

WHO世界保健統計2016年によるとアメリカ人の平均寿命79.3歳。この数字からの推測ではあるが、最高裁判事の交代劇は数年以内に動きそうだ。

繰り返すが、最高裁判事は終身制で、自らが引退、もしくは死去するまで判事として務めることができる。今回、53歳のカバノー氏が就任しても平均寿命までは20年以上ある。現任の保守派判事は50代が1人、60代が2人、そして70代が一人に対して、リベラルは、80代が2人、60代が1人、50代後半が1人。カバノー氏が加われば、50代が2人となり、保守派判事のほうが息が長そうだと言えないだろうか。

この夏、アメリカのあり方に影響を与える重大な決定に注目が集まっている。

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