米国に拠点を置く日本企業へのコンサルタントである私が、アメリカ人従業員からいちばん頻繁に耳にする懸念は、日本企業の行動に敏捷性が欠けていることである。煩雑な事務手続きが跡を絶たず、意思決定のプロセスを遅延させている。多数の関係者が徹底的な分析に取り組む間に、より敏捷な競合他社にチャンスを奪われてしまう。アメリカ式の効率的な仕事の仕方に慣れており、かつアメリカ企業の行動様式が日本企業と比較して如何に異なるものであるかを直接経験しているアメリカ人従業員は、日本企業がスピードを身につけることを特に重要だと考えている。
伝統的な日本式経営手段の長所を残す一方で、スピードを向上し、めまぐるしく変化する今日の市場と瞬時の情報の流れについて行くことは、日本企業が直面する重要な課題の一つであると言えよう。このジレンマは、電子機器製造会社、自動車メーカー、製薬会社など、さまざまな業界のクライアントに共通するものである。企業精神を犠牲にすることなく、時代に取り残されないようにスピードの流れに乗って行動するにはどうすればよいか?新しいモデルやデザインをより早く手に入れたいという顧客の需要を、企業の成功の根本にあるアプローチを犠牲にすることなしに満たすには、何が必要か?これらの課題に直面しながら、昔ながらのスピードに欠ける行動様式から抜けきれずにいる日本企業が多数存在している。
私がオフィスを構えるシリコンバレーの観点から見ると、日本企業と米国競合他社のアプローチには往々にして非常に明瞭な差異がある。アメリカ企業は「fail fast(早く失敗する)」こと、および完璧ではなくてもミニマム・バイアブル・プロダクト(最も基本的なバージョンで機能を満たす商品)を如何に早く市場に登場させるかに焦点をあてている。迅速なイテレーション(商品の継続的改良)が最重要とされ、「blitzscaling(電撃のスケーリング=ビジネスを現在の状態から突出して急成長させること)」が今一番注目を浴びているコンセプトである。シリコンバレーは急速なイノベーションと変化のコツをマスターしていると言ってよいであろう。
日本企業救済のカギとなるのは、日本企業を最も脅かしているもの、つまり、シリコンバレー企業の敏捷性を可能にしている経営手法にあるというのが、私が最近到達した結論である。シリコンバレー企業は、新しい製品を創造開発し、それを顧客のもとに迅速に届けることに非常に長けている。また、顧客からの反応を迅速に収集し、それを製品の改良に役立てることにも優れている。これらの技術を応用する企業は、市場を一変させており、それについていけない日本企業は、この先取り残されてしまう可能性が高い。
シリコンバレー企業が応用している技術-スクラム、カンバン、リーンスタートアップなど-は、もともと日本にあった思考様式を起源としたものであることは、あまり知られていない事実である。日本企業でこのような技術を応用しているところはほとんどなく、あってもそれは製造工程に限られている。シリコンバレー企業は、このような生産性に関するツールをホワイトカラーの知的労働にあてはめる方法を見出し、それが、ソフトウェア開発、商品デザイン、プロジェクトマネジメント、マーケティングなどの部門で今日の企業に競争上の優位性を与えている。
私の著書『日本企業の社員はなぜこんなにもモチベーションが低いのか』の中でも詳しく触れているが、日本企業は昨今、生産性の危機に瀕している。日本企業は、シリコンバレーが日本から学んだアプローチをもう一度学びなおすことで、効率と革新性を向上することが可能だと私は信じている。日本企業は、ヒエラルキーと形式主義のがんじがらめから社員を解放し、豊かな環境の中で社員が才能を発揮できるようにする必要に迫られている。
日本企業の多くは、アメリカの例に見習うことで変化をもたらそうと考え、「典型的な」アメリカのシステムを導入するため、著名なアメリカのコンサルティング会社を雇うことが多い。しかし、多くのアメリカ企業の慣行を右へならえで取り入れることが、日本企業にとって常に最善策であるとは必ずしもいえない。その代わりに、アメリカで最も競争力があり最先端を行く企業(それらの多くはシリコンバレーに位置している)から学ぶことは道理にかなっているといえる。Apple、Google、Facebook、Netflixなどを含むそれらの企業は、伝統的なアメリカ企業、および伝統的な日本企業とは根本的に異なる企業文化や仕事の仕方を築くことが可能であることを実証している。また進歩的なアプローチで、モチベーションとエンゲージメントがもたらすパワーとホワイトカラー知的労働者の才能を効果的に活用し、企業のパフォーマンスを向上することが可能であることを証明している。日本企業がビジネスの方法を活性化するために見習うべきなのは、このようなシリコンバレーで成功を収めている企業であると私は確信している。
喩えていえば、開発途上国の多くが電話サービスの普及を試みるにあたって、従来の有線電話システムのインフラが存在していないことから、その段階を飛び越えていきなり最新のモバイル技術を導入することを行っている。この劣等で効率が悪く割高なシステムを飛び越えて最先端技術を利用することを、リープフロッギングという。日本企業は、まさにこのリープフロッギングを必要としているのかもしれない。「典型的」なアメリカ企業を模倣するより、最先端を行く例から学んだ要素を取り入れることは、一考に値する。
日本企業の人事管理と組織のコンサルタントとして、シリコンバレーでビジネスを行っている日本企業に現場での支援を提供することに加えて、私は日本企業がシリコンバレーから学ぶための、その他さまざまな手段を作ろうとしている。最新著書『シリコンバレーの英語 スタートアップ天国のしくみ』では、シリコンバレー特有の文化とビジネス慣行について解説している。今秋、アジャイル開発やリーンスタートアップなどのシリコンバレーの手法を、効率性と敏捷性を向上するために日本企業が応用する方法についてのセミナーを、他の2名のコンサルタントと共に(シリコンバレーと東京の両地で)予定している。
シリコンバレーの手法を応用することが日本企業の組織改革にどのようにつながるかについて、さまざまな日本企業と話を進めてきたが、その内容は非常に興味深いものである。それは、プログラマーがコードを書く方法に限られたものではない。顧客との関係を強化して、顧客が満足する製品を創造することで、これまでになかった方法を見出すことである。また、同僚の間におけるコミュニケーションの方法(自由でオープン)や、管理職の仕事の仕方(エンパワーメントを与えマイクロマネジメントをなくす)に関するものである。さまざまな部署がひとつのチームとして一緒に働く方法に関するものでもある。
日本に起源を置く手法を応用することで、日本企業がどのような成果を導くことができるかを私は楽しみに見守っている。もともとのコンセプトが日本の思考様式であることから、日本企業は、より効率的にそれを応用することができるはずである。その結果、シリコンバレーの手法が日本企業にとって非常にパワフルな競合対抗手段となることは確実である。