日本企業を弱体化させる人事異動制度

人事異動は、専門的な人材を育てず、ビジネスの阻害になることで、日本企業を弱体化させる、というのが私の考え方だ。
modern office meeting room with large table
modern office meeting room with large table
Nikita Belokhonov via Getty Images

以前、日本の金融機関で働いていた時にした会話を、今でも鮮明に覚えている。その日私は、 不動産関連の研究所に出向していたある社員に初めて会った。当時、「出向」という習慣について知らなかった私は、「なぜ出向されたのですか?」と短刀直入に聞いてみた。それに対して彼は、「わからない」と答えた。私はとても驚いた。理由なしで異動を命じられることなど、アメリカでは考えられないことだからだ。混乱した私はさらに質問をした。「もともと不動産部で働いていて、その分野での経験を積むためにそこに出向されたでしょうか?」彼の答えは、「いや、不動産関連の仕事をしたことはありません。出向前は普通のローン営業部で働いていました」。私はますますびっくりした。「出向後は今の研究所で身につけた経験を活かすために、きっと不動産部に配属されるのではないでしょうか」。そう私が言うと、「その可能性はありますが、そういった話は一切聞いておりません」との答えが返って来た。

その後、会社で人事異動が行われるたびに、似たようなことが起こるのを何回も目にした。この会社では、人事部がどのように人事異動を決めるかは全く秘密にされており、本人も含めて誰も理由を知らないようだった。場合によっては、全くランダムに異動が行われているようにも見えた。さらに、人事異動が人材活用の阻害となるケースも珍しくなかった。例えば、当時、金融業界では資産管理の最先端の技術を持っている社員は非常に重宝されていたにもかかわらず、会社で一番の技術を持った専門家が、突然人事部に異動されてしまったのだ。彼はそこで 自分の専門知識を全く必要としない任務を担当することになった。「会社で昇進するためには、人事部を経験する必要がある」というのが、人事部の言い分だったが、アメリカ人の私からすると、それは理にかなっていなかった。私にはそれが人材の無駄遣いに思えた。

日本企業の人事異動の慣行は、江戸時代の参勤交代制度がそのまま引き継がれたのではないかと私はひそかに思っている。参勤交代とは、正室と世継ぎを人質として江戸に残し、多くの随行人を連れて、大名が一年おきに江戸と自領を行き来することを定めた制度だ。地理的な無駄な移動を義務付け、長期間家族から離れて住むことを習慣化する考え方が、この制度で確立されたように思われる。人事異動が参勤交代制度と関係しているにしろしていないにしろ、この考え方は時代遅れなのではないかと私は思う。

習慣と伝統(日本文化では無視できない重要な要因)以外に、日本企業が人事管理戦略の中核的な要素の一つとして人事異動を実施する理由は何だろうか?

まず挙げられるのは、組織のトップは事業のすべての分野と機能を経験する必要があるとする 考え方だ。つまり、優秀なジェネラリストを育成するやり方である。しかし、ますますビジネスが専門化する現在、様々な事業の側面と事業所に関する幅広い知識を持つ社員を多数育てることは、企業にとってそれほど重要ではなくなってきている。反対に、同じ分野で深く集中したスキルと経験を養うことのほうがより重要になってきている。2~3年おきに職務を転々と異動してきた日本社員にみられる専門スキルの欠如は、深い専門知識が必要とされる分野における効率と能力に非常にネガティブな影響を与えることになる。

もう一つの理由は、人事異動することで社員に新しい刺激を与え、マンネリを防ごうとする意図だろう。新しい職に就いた社員は新たな挑戦に直面し、新たな物事を学ぶ。チームは新しいアイディアの恩恵を受ける。うまくやって行けない社員は隔離される。業績の上がらない社員は、別の仕事で業績を上げる機会が与えられる。このような組織レベルの「気分転換」を好む体制は、終身雇用の慣習に基づいている。柔軟な労働市場では普通である人材の入れ替わりがないため、代わりに企業がそのような入れ替わりの機会を提供する必要がある。しかしながら、業績不振の社員をたらい回しにする(別の部署に押し付ける)ことが、業績向上につながることはまずないだろう。逆に、組織の別の部門に負担を与えるだけである。

人事異動が当然という固定観念によって、日本企業はその制度に内在する問題点を見落としているのではないか、というのが私の見解だ。人事異動に関する問題のひとつは、 家族を残しての単身赴任が多くなることである。日本ではそれがあまりにも普通のことなので、「単身赴任」という言葉もあるが、英語にはそれに相当する言葉すら存在しない。(総務省は2012年の単身赴任者数を企業社員人口全体の約2%にあたる99万人と推定している。これは10年前と比較して20%の増加となっている。)単身赴任による家族の分離は、社員と家族の両方にとって、心理面のみならず、多くの場合二世帯を一人の収入で賄わなければならないことから、経済面でも大きなストレスとなっている。

さらに、人事異動があるたびに、プロジェクトや顧客との関係に対する継続性が失われ、仕事が中断される。これまでにまったく経験のない分野の職務に異動されてどうしてよいかわからずに、なんとか対応しているという状況を筆者は何度も見ている。日本企業は、他の国では専門家の分野として豊富な経験と特別な教育が必要とされている仕事を、多くの社員に短期間で一から学ぶことを強いている。よくそれで競争に生き残れるものだと、私は不思議に思うほどだ。これは非効率であることに加えて、非常にストレスの溜まるやり方である。社員のやる気の低下にも繋がりかねない(詳しくは私の著書『日本企業の社員は、なぜこんなにもモチベーションが低いのか?』を参照)。さらに顧客や同僚にとって、仕事がわかっていない社員とやりとりしなければならないことは、非常な弊害である。特に海外の顧客および現地の同僚にとって、背景を充分に知らずに出たり入ったりする社員と 仕事をしなければならないことは、フラストレーションの種となる。

上記のような問題は、人事異動の際の引継ぎのプロセスを組織化することで、ある程度防ぐことができる。しかしながら、 前任者から後任者への重要な情報とスキルの引継ぎを行うプロセスが確立されている日本企業を、これまで殆ど見たことがない。個人の自発性によってそれが実行されることもあるが、大抵の場合、人事異動は深刻な中断と効率の低下につながっており、重要な事柄が見落とされる結果を導いている。

人事異動は、専門的な人材を育てず、ビジネスの阻害になることで、日本企業を弱体化させる、というのが私の考え方だ。それでも日本企業が人事異動制度を断固として継続するのであれば、せめて円滑な引継ぎのプロセスを確立し、標準化するべきである。

注目記事