大人が受けたい今どきの保健理科22
8020運動をご存じでしょうか。80歳になっても自分の歯を20本以上保とうとするものです。大人の歯は合計32本(親不知を入れて)ですから、これでも12本は失われている計算になります。意識しないと自分の歯を維持することは難しいということです。
歯が失われてしまう二つの大きな原因が、歯周病とむし歯で、どちらにも口の中の細菌が影響しています。
口の中に常在菌
ヒトはほぼ無菌の状態で生まれてきます。そして、細菌と共に生活をするようになり、常在菌が体の中に棲み着くようになります。
通常の生活をしている限り、口の中を無菌状態に保つことはできません。ですから、細菌をやっつけるという発想ではなく、細菌が何をしているのかを知ったうえで予防やケアを考えることが大切です。
口の中の細菌として有名なものがミュータンス菌です。これは小学5、6年の保健の教科書に登場し、歯と歯茎を蝕む存在として紹介されます。しかし、義務教育の理科で歯の構造や細菌についてほとんど学習しないので、この保健の内容を学んだだけでは、口の中で起こっていることを十分に理解するには限界があります。ならば大人の保健理科として自習しましょう。
酸が口内で作られる
歯の表面はエナメル質です。これが酸に弱いため、pH5・5以下の環境が続くと歯が溶けたり欠けたりしてむし歯になりやすくなります。
そこで、まずは、酸性が強い食品を過剰に摂らないことが重要になります。清涼飲料水などは酸が強いので、習慣的に摂取している人は要注意です。特にダラダラ飲みや、飲んだ後そのまま寝てしまうことは避けた方がよいでしょう。
また、ミュータンス菌が糖から酸を作ります。食事をする限り、糖は口の中にあり、ミュータンス菌は常在しているのですから、歯を蝕む酸を生産する環境は四六時中整っているのです。ただし最近では、ミュータンス菌が酸に変えることのできない糖もあると分かってきました。キシリトールのような糖アルコールと呼ばれるものです。
ところで、歯は溶けっぱなしではありません。再石灰化といって自然に修復が行われます。この再石灰化よりも歯の溶けやすい状態が上回った時に、むし歯が進行します。子どもの頃からよく噛んで食べなさいと言われて育ってきましたが、実は唾液は口の中の酸を中和し再石灰化を助ける働きをしています。むし歯予防の観点からも、よく噛んで唾液の分泌を増やすことは大切です。
歯垢は細菌の棲家
歯の表面に付く白い粘々した物質が歯垢です。付いていることを気にしない人が多いのですが、この中で複数の種類の細菌たちがまとまって居心地よく棲んでいます。総称して歯周病菌と呼ばれます。そのうち、ちょっとやそっと(歯磨き程度)の力では立ち退かなくなるので、放置は禁物です。
これらの細菌は、健康状態が悪くなり免疫力が落ちてくると暴れ出します。歯肉や歯槽骨など歯を支える組織に炎症を起こします。歯周病です。進行すると歯が抜けてしまいます。
歯の問題だけではありません。歯周病菌は、全身の病気と関係することが分かってきました。
例えば糖尿病です。元々糖尿病の人は免疫力が落ちるので歯周病になりやすいと考えられてきました。最近それだけではなく、歯周病が糖尿病を悪化させているのではないかという考え方が発表されています。炎症が起こると、細胞から炎症性サイトカインという物質が出てくるのですが、その物質がインスリンの働きを妨げてしまうのです。炎症性サイトカインが増える結果、高血糖となり糖尿病の状態を悪くしてしまうというデータが示されています。
また、歯周病が悪化して歯周病菌が血液中に流れ込むと、動脈硬化を起こしている血管に付き、血管を狭める作用を促してしまいます。これが心臓の血管で起これば大変です。もし心臓の内膜に歯周病菌が付着すれば、心内膜症をひき起こします。死に直結する心臓病のリスクとも関連しているのです。
肺の中で悪さをすることもあります。高齢者や寝たきりの人など飲み込む力が衰えていると、食べ物や唾液が誤って肺に入ってしまいますが、中に含まれる歯周病菌によって誤嚥性肺炎を起こします。
このように、歯や口をケアすることは、歯を残すことだけでなく、全身の健康を維持することにつながっていきます。8020運動も、歯を残すことだけに視点があるのではなく、全身の健康を考えて行われているのです。
健康寿命を延ばすには、まずお口から。健康に関しても口は禍の元なのです。
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吉田のりまき
薬剤師。科学の本の読み聞かせの会「ほんとほんと」主宰
(2014年10月号「ロバスト・ヘルス」より転載)