地中海式ダイエットの長寿効果が科学的に示されましたのでご紹介します。地中海式ダイエットは健康的な減量方法として多くの人に支持され、近年では心血管疾患の低減などの健康効果でも注目されています。2014年12月、米ハーバード大学の研究者らが、地中海式ダイエットがテロメアの長さに影響し、長生きを促すと報告しました。ただし、地中海式ダイエット食材の代名詞とも言えるオリーブ油の質に注意する必要がありそうです。
■地中海伝統食に健康効果
地中海式ダイエットは、ギリシャなど地中海沿岸地域に暮らす人々の伝統的な食事の特徴を採り入れた食生活で、以下のような特徴があります(過去記事)。
・野菜や果物、ナッツ類、豆類、未精製穀物をふんだんに摂取
・飽和脂肪酸を避け、オリーブ油をたくさん摂取
・魚を適度に摂取
・乳製品や肉類は控えめに
・適量のアルコールを定期的に摂取(食事と一緒にワイン)
近年、伝統的な食生活を送るギリシャ人は死亡率が低いことが明らかになり、地中海式ダイエットを実践した米国人にも心疾患の減少が見られるなど、健康効果の報告が相次ぎ、関心が高まっています。
■採り入れるとテロメア長く
これを踏まえて今回、米ハーバード大のMarta Crous-Bou氏らは、地中海式ダイエットと寿命の関係をより明らかにすべく、テロメアの長さに注目しました。
Mediterranean diet and telomere length in Nurses' Health Study: population based cohort study.
BMJ 2014; 349:g6674.
doi: http://dx.doi.org/10.1136/bmj.g6674.
テロメアは、染色体の末端を保護する役割を担い、その長さと長寿の関係が数々の先行研究で示されています(過去記事)。誰しも加齢に伴って短くなりますが、糖分の多い飲み物の摂取や喫煙、ストレス、うつ病、活性酸素による酸化や炎症でも短縮することが分かってきました。逆に、より長いテロメアは、低い体重指数や健康的な食事、身体活動など、健康的なライフスタイルとの関連が報告されています。
地中海式ダイエットの主要な要素である野菜や果物、ナッツ類には、抗酸化・抗炎症作用があります。そこで研究者らは、これらの食品群を含む地中海式ダイエットの実践がテロメアの長さに関連するこという仮説を立てました。
検証は、米ハーバード公衆衛生大学院が女性看護師12万1700 人を対象に1976年から今も継続している追跡研究(NURSES' HEAILTH STUDY; NHS)のデータを解析して行われました。1989・90年に採取した32825人の血液を分析し、がんや心血管疾患などの慢性疾患がなく健康と判断された4676人が、今回の研究対象として選ばれました。
まず、1986年に行われた130食品に関するアンケート結果に基づき、各対象者の食事に伝統的な地中海式ダイエットがどの程度採り入れられているかを点数化。(1)野菜(ジャガイモを除く) (2)果物 (3)ナッツ類 (4)全粒穀物 (5)豆類 (6)魚介類 (7)一価不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸(摂取比率、一価不飽和脂肪酸の代表例はオリーブ油、飽和脂肪酸の代表例は肉の脂身やバター等の動物性脂質)について、それぞれ中央値よりも積極的に摂取していれば1点ずつ加算し、(8)赤身肉および加工肉は中央値より摂取が少なければ1点、(9)アルコール摂取は適量とされる範囲内なら1点加算としました。合計点数が9点に近いほど地中海式ダイエットに近い食生活を意味します。また、保存してあった血液サンプルの白血球からゲノムDNAを取り出し、テロメアの長さを測定しました。
結果、地中海式ダイエットの評価点数が高いほど、テロメアは大幅に長い状態が保たれていることが分かりました。逆に、点数が1点減るごとに、テロメアの短縮、つまり老化は平均1.5年分進みました。評価が3点減れば平均4.5年の老化に相当しますが、この数字は、非喫煙者に対する喫煙者の老化の進み具合=4.6年や、身体活動の多い女性に対する少ない女性の老化=4.4年、恐怖症や不安障害の程度が弱い女性と強い女性の老化の差=6年に匹敵します。
以上、今回の研究により、地中海式ダイエットがテロメアの長さに関与し、長寿を促すことが示されました。
■酸化したオリーブ油は逆効果
健康長寿を目的に地中海式ダイエットを実践するにあたって、一つ気がかりなのがオリーブ油の質です。今回の研究でも「一価不飽和脂肪酸/飽和脂肪酸」の値を評価対象としたように、調理にオリーブ油を使うのが地中海式ダイエットの大きな特徴です。オリーブ油については既に、動脈硬化の原因であるLDL(肝臓で合成されたコレステロールを各臓器に運ぶカプセル)の酸化の防止や、心臓病リスク低減などの健康効果が明らかにされています。
ところが、健康志向でオリーブ油が注目されている米国でも近年、その品質が社会的に問題になっています。2010年、カリフォルニア大学デービス校の研究チームが、オーストラリアのオイル研究所と共に、カリフォルニア州で販売されている「エキストラバージン・オリーブ油」の品質を評価しました。
「エキストラバージン」の呼称は本来、オリーブ油の中でも一部のみに認められています。国際オリーブ理事会(INTERNATIONAL OLIEVE COUNCIL:IOC)の国際規格では、オリーブの実だけを原料とした未精製の油で、酸化その他の欠陥のないことなど厳しい条件を定めており、参加国にはその遵守が求められます。
研究チームも今回、IOCおよびアメリカ合衆国農務省(UNITED STATES DEPARTMENT OF AGRICULTURE:USDA)の基準で品質を分析・評価し、以下の項目のうち1つでも認められれば不適格としました。
・安価な精製油の混入
・高温や光にさらされたことによる酸化や老化
・熟しすぎあるいは傷んだオリーブの使用、処理過程での欠陥や不適切な貯蔵による劣化
その結果、米国で最も売れている輸入エキストラバージン・オリーブ油5製品のうち、73%は基準をクリアできませんでした。イタリア製の上級品(単位あたり価格は他の約2倍)でも、11%は基準を満たしていませんでした。
未精製のオリーブ油にはポリフェノールなど活性酸素を除去する様々な成分が含まれますが、それらは精製過程で失われてしまうため、精製油が混じっていれば健康効果は下がります。また、酸化した油脂類には様々な有毒物質が含まれ、ひどい場合は下痢や嘔吐を引き起こし、食中毒を招きます。マウス実験では、酸化した油の長期的な摂取が免疫機能の低下や体調不良を引き起こすことが報告されています。
オリーブ油の質の問題は、ニューヨークタイムズ紙などのメディアでも取り上げられ、社会的に関心を集めています。
さて、日本のオリーブ油事情は、実は米国以上に懸念すべきかもしれません。日本オリーブ協会によると、米国やロシア、中国を始めとする多くの国が正式参加しているIOCに日本は参加しておらず、「エキストラバージン」とのラベル記載も自由で、一定の品質を示してはいないからです。日本農林規格(JAS規格)の定める「食用オリーブ油」の表示で保証されるのは、「オリーブの果肉から採取した油であって、食用に適するように処理したもの」という内容にとどまります。酸化や老化、原料の質や扱いについては関知せず、純度についての検査等も規定はありません。
地中海式ダイエットは和食に似ている点が多いので、十分、日本人の食文化にも馴染むと思います。実際、日本も健康ブームでオリーブ油の消費量は大幅に増え、20年以上前(1993年)と比べて全国の輸入数量は約10倍、輸入金額は約15倍に増加しました。今後は日本でもオリーブ油を食事に採り入れつつ、その品質について議論していくべきですね。
大西睦子
内科医師、ボストン在住。医学博士。東京女子医科大学卒業。国立がんセンター、東京大学を経て2007年4月から7年間、ハーバード大学リサーチフェローとして研究に従事。著書に「カロリーゼロにだまされるな――本当は怖い人工甘味料の裏側 」(ダイヤモンド社)。
(2015年2月12日「ロバスト・ヘルス」より転載)