エイズが初めて報告されたのは1981年。それからまだ40年も経っていませんが、今では「エイズ=死」ではなくなり、エイズウイルス(HIV)に感染しても薬によりエイズの発症を抑えることができるようになりました。また、学校教育では、小学校5、6年の保健の教科書に登場するようになり、中学、高校でさらに詳しく学習します。しかし、国内のHIV感染者数やエイズ患者数は増加が止まりません。
■免疫の司令塔を襲う
エイズは「後天性免疫不全症候群」の英語の頭文字AIDSを取ったものです。その名の通り免疫が不全、つまり働かなくなります。
白血球の仲間にリンパ球というのがあり、その中でもヘルパーT細胞という司令塔のような重要な役割をする細胞があります。HIVは、ヘルパーT細胞に感染し、その数を減らしていくのです。
3~10年程度の潜伏期間に徐々に免疫の抵抗力が弱まり、健康な時にはかからない病気になります。指標となる病気は23あり、HIV感染者で一つでも発症が認められるとエイズと診断されます。
ヘルパーT細胞は高校生物で初めて登場します。一般に馴染みがなく、生体防御の要となる機能が知られていないことはとても残念です。エイズでは、この要を失うため、侵入者に体が負けて生命を保てなくなるのです。
一般に正しく知られていないのは、HIVの感染経路も同様です。正しく理解されていないために、過剰に恐れた言動によって感染者を深く傷つける人がいる一方で、肝心の防御対策は疎かになって感染・発症が減らないというアンバランスな状況になっているのでしょう。
これは我が国に限った話ではなく、そのためWHOは毎年12月1日を「世界エイズデー」とし、知識の普及を呼び掛けています。
■ウイルスは皆違う
HIVは血液、精液、膣分泌液に多く含まれ、性的接触や血液を介して、また母子感染します。このことはよく知られていると思われます。
しかし「血液を介する」、「分泌物に含まれる」という断片が頭に残り、「蚊を介しても伝染るかも」「咳、くしゃみ、汗、涙でも伝染るかも」「握手でも、つり革でも、便座でも伝染るかも」と勝手な解釈を発展させ、それを否定するだけの判断力がなければどんどん過剰になってしまいます。
ヒトの体について従来の学校教育ではあまり教わらなかったためでしょうか。あるいは確実に飛沫感染するインフルエンザの予防啓発が進んでいるので、その感染経路と混同してしまっていることも考えられます。
ウイルスの特性は個々に違い、当然のことながら感染経路も違うということは、確実に覚えておいてください。エイズを適切に怖がるには、他のウイルスとごっちゃにしてはいけません。
先ほど列挙した勝手な解釈は間違いで、あれらでHIVには感染しません。保健の教科書に明記してあり、子どもたちにきちんと教えられています。
しかし、大人が、いい加減な知識で間違ったことを言ったら台無しです。
血液が付いているものやその可能性があるものには、もちろん十分に気をつけなければなりませんが、蚊は少量の血液しか吸えず、その中に含まれるウイルスも感染するのに十分な量でありません。しかもHIVは蚊の体内で生きることができないのです。
また、血液、精液という言葉から「体液」という用語を連想し、汗も体液の一つだし、分泌物といえばくしゃみも含まれるから危ないと考えてしまうようですが、分泌物すべてにウイルスが多く存在するわけではありません。
■入り口を開けない
また、いくらウイルスがあっても体の表面に付いただけでは感染せず、体の中へ入れた時に初めて感染成立となります。体への入り口となるのが、「粘膜」と「傷口」なわけですが、その理屈もきちんと理解しておきましょう。
粘膜は、皮膚よりも柔らかく湿っていて血管が集まっており、体内へと吸収されやすい部分です。少しの摩擦でも傷つきます。傷口というのは、皮膚の傷が治りきっていないため血管が開いている状態です。ウイルスの侵入口となるわけです。
性的接触は、HIVの多く含まれる液が、粘膜に触れるという状況なので、感染しやすいのが当たり前です。
一方、握手やつり革、便座は通常、HIVの多く含まれる液はなく、粘膜や傷口もないので、過剰に注意する必要はないのです。同様の理屈から、一緒に食事をしても、プールに入っても感染しないということが分かります。
若い世代がもし誤解していたら教えてあげられるよう、正しい解釈でエイズを恐れたいものです。
吉田のりまき
薬剤師。科学の本の読み聞かせの会「ほんとほんと」主宰
(2015年3月号「ロバスト・ヘルス 大人が受けたい今どきの保健理科27」より転載)