今日はこれまでも何度か書いている労働関係ネタです(プロとボランティアと仕事の質、東京電力と労基法)。『日刊ゲンダイ』が掲載していた、「気をつけろ!ブラック企業を訴えても労基署は助けてくれない」という記事を見て、いろいろ思うところがあったので、これについて少し。
1 記事の紹介
一言で言えば「我々が被害を訴えれば、労働基準監督署はブラック企業に「ガツン」とやってくれるのか。これが、思ったほど簡単ではない」という記事です。
その理由として2つ挙げています。1つめは、「訴えた当人が、企業の不当労働の実態を立証しなければいけないこと」を挙げています。
その上で、「サービス残業の証拠としてタイムカードの記録を提出したとし」ても、「〈タイムカードに記載されていても、労働していたとは限らない〉と反論し」たり、「企業によっては大人数の顧問弁護士を抱えている」ので、「個人でその連中を相手にするのは至難の業だ」としています。
そして2つめは、「匿名の通報では、なかなか勝ち目がないこと。やはり実名でないと、労基署も動きづらい。でも、ほとんどの人は会社に名前がバレるのが怖いから、二の足を踏んでしまう」ことを挙げています。
更に、「労働基準監督官が全国で約3000人と少ない」ので、立ち入り調査をするにしても遅くなり「後回しにされているうちに、闘争心は萎えてくる。次の仕事も探さなければいけない。こうやって、ブラック企業は逃げ延びる」と指摘しています。
「リストラ部屋」の問題も、「労働基準法に〈労働者が望む仕事をさせる〉という条文は存在し」ないことを挙げ、「労基署ができるのは〈斡旋〉ぐらい」としています。
そこでも、「会社も訴えた人のウイークポイントを突いてきます。〈いかに無能な人材であるか〉を散々指摘され、心が折れる人が多い」としており、「労基署に期待してもムダかもしれない」と結んでいます。
2 労基署
確かに、労基署に訴えたから直ぐにどうなるというものではありません。実際問題ものすごい数の訴えが来ていることは間違いありませんし、労基署が立ち入り調査をするに当たって、根拠もなしに行える話ではないので、それなりの裏付け調査も必要となります。
それに、記事では意図的に省いているようですが、労基署が立ち入り調査をするそもそもの目的が残業代などの未払い等といった個人の問題に対応するためであり、別に「ブラック企業」を「ホワイト企業」に更正させるために存在しているわけではないことです。
これは裁判でも同じです。違憲立法審査権というと、法律が制定されるとそれについて違憲審査を行ってくれると思われている方がいる様ですが、裁判所が行う裁判はあくまで個別の問題(その法律によって特定の方の権利が侵害されたかどうか)について判断する場所に過ぎません。
3 労使の対立
それに、これが一番やっかいだと思っていますが、「ブラック企業」と会社側を批判する例は多々ありますが(ホリエモンのブラック企業「辞めれば」発言は理解できるか?)、実際問題として、「ブラック労働者」としか言い様のない、どうしようもない労働者が存在することも事実かと考えます。
具体的な事例としては、残業代を稼ぐために、ワザと勤務時間外に長期間労働をする者、取引先を怒らせるような行動を平気でとり、会社に損害を与える者等々です。
こうした者を採用に際に見抜けず雇ってしまった会社の責任だと言えばそれまでかもしれませんが、実際人を雇うことに要する費用や時間が馬鹿にならないことや、一回雇ってしまえば解雇が難しいことなどから、こうした方々居続けるという状況が存在するのも確かかと考えます。
そういう意味で会社側が残業代カットなどの何らかの手段を講じようとするのも個人的にはわからない話ではないと思っています(残業についての使用者側・労働者側の立場の違い)。
4 最後に
ただそうはいっても、長時間労働を平気で強いる「ブラック企業」があることは確かですし(「ブラック企業」の辞め方)、労基法では、残業代などの規定が明記されている以上、労働者の権利として、訴えることは正しい行為と考えます。
ただ、繰り返しになりますが、労基署は一義的には訴えた労働者の権利回復しかしてくれません(立ち入り調査の過程で他の労働者に対する残業代の未払いが見つかり、反射的に恩恵を受けることもないわけでありません)。
そのため、やるべきは労働時間、労働内容の分かるもの(証拠)をきちんと整備しておくことであり、如何に労基署に立ち入り調査をしてもらいやすくするかという話でしかありません。
何か元記事では、勝手に労基署に過大な期待を押しつけて、それができないから労基署はダメといった論調になっており、如何なものかと思ったが故の今日のエントリーでした。
(※この記事は、2013年8月18日の「政治学に関係するものらしきもの」から転載しました)