心の健康と快適な職場づくりのために『ストレスチェック制度』導入の意義と活用

メンタルの不調は、早期に対処しないと回復に時間がかかることが少なくありません。

前半の「ストレスチェック制度元年 導入の経緯と今後の課題を解説」に続き、後半は1964年の設立以来、職場の労働安全衛生活動を支援している中央労働災害防止協会(中災防)の八牧暢行理事長に、ストレスチェックが義務化された意義とは何か、職場でどう活かしていけばいいのかを聞いた。

―中災防の事業とは?

中災防は、職場の安全衛生水準の向上、働く人の安全と健康、かけがえのない命を守ることを目的に、職場の安全衛生活動にかかわる人材の育成、技術サポート、情報発信などの事業に取り組んでいます。

事故などの労働災害は、労使の皆さんの努力によって減少傾向にありますが、一方で「心とからだの健康」、なかでもメンタルヘルスケアが大きな課題になっています。そこで中災防では、2002年から働く人のストレスの度合いをチェックし、セルフケアや職場環境改善に活かそうという「ストレスチェックサービス」(事業名:ヘルスアドバイスサービス)を提供してきました。この15年間で120万人のデータが蓄積されており、そのノウハウを活かして、今回の義務化に対応したサービスや研修を行っています。

―ストレスチェック制度の実施状況は?

今年11月末までに実施することになっていますが、実施規程の作成や体制整備が必要なため、大手企業を含めて今年度に入ってから実施した事業場がほとんど。9月上旬時点でも、まだ実施していない事業場が相当数あるという状況です。ストレスチェック自体も準備から結果票返却まで2〜3カ月かかるため、11月末までに1回目を実施するには、9月中に準備を始める必要があります。先駆けてストレスチェックに取り組んできた中災防としては、サポートにいっそう力を入れていかなければと思っているところです。

労働者の心理的な負担を軽減

―ストレスチェック制度の意義とは?

私も、長年企業にいましたので、メンタルヘルス問題の深刻さ、未然防止の重要さは身をもって感じています。メンタルの不調は、早期に対処しないと回復に時間がかかることが少なくありません。再発するケースも多く、退職せざるをえなかったり、最悪の場合は自死につながったりすることもある。本人・家族にとって大変つらく、悲しいことは申すまでもありませんが、企業にとっても貴重な人材の損失につながります。

それぞれの企業でも、相談窓口を設置するなど対策に取り組んできましたが、労働者本人が出向いてくれないと制度が機能しないという悩みも抱えていました。労働者の側は、不利益になることを恐れて相談をためらいがちです。そのため対処が遅れ深刻化してしまう。つまり本人がオープンにしたがらないことが、メンタルヘルス対策の大きな壁になっていました。 そこで、この壁をなくそうとスタートしたのが、中災防のストレスチェックサービスです。全員を対象に行うことで心理的負担を軽減し、サポートが必要な人を早期に発見すれば、不調を未然に防止できる。さらに集団のデータを分析することで、背景にある職場全体の問題も見えてくる。そういう観点から、中災防ではストレスチェックを通じて、個人に対してだけでなく、職場が抱える問題への改善策も提案する総合的なサービスに取り組んできました。

セルフケア・ラインケアへの活用を

―職場でどう進めればいいの?

ストレスチェックは、職場のメンタルヘルス対策の基本である4つのケア(①セルフケア ②ラインによるケア ③事業場内産業保健スタッフ等によるケア ④事業場外資源によるケア)としっかり関連づけながら進めることが大切です。

ストレスチェックを実施した後、医師の面接指導を受ける労働者は全体の数パーセントに過ぎません。大多数の労働者は、ストレスチェックを受け、結果票をもらうだけですが、その結果をセルフケアや管理監督者によるラインケアに活用してはじめて成果が期待できます。また何より「個人情報が守られる」という安心感がもてる制度にすることが重要です。

今は、制度をどう実施するかという段階ですが、不調を抱える人のサポート体制、休職・復職制度の整備なども含めて、総合的なメンタルヘルス対策を強化していくきっかけにしてほしいと思います。現場からは「どうすればよいかわからない」という声が聞こえてくるので、中災防が長年培ってきた実績とノウハウを活かし、そうしたニーズにきめ細かく対応していきたいと思っています。

―中災防のサポートにはどんなメニューが?

中災防のストレスチェックサービス(ヘルスアドバイスサービス)には、今回の義務化に完全対応した「ストレスチェック版」と、食習慣や運動習慣、生活リズム等の生活状況調査を加えた「総合版」があります。また、体制づくりから実施までをサポートする仕組みも整え、実施後の職場環境の評価・改善、研修の実施などもお手伝いします。

さらに「ストレスチェック相談室」を開設し、さまざまな相談に対応しているほか、産業医研修、担当者向け研修、実施者研修、職場環境改善研修なども実施しています。出版事業部では、わかりやすいテキストやポスターなども販売しています。

―今後の課題と労働組合に期待することは?

今回の改正では、50人未満の事業場は実施が「努力義務」となり、1年未満の有期契約労働者やパート労働者は義務化の対象外とされていますが、いのちと健康を守る安全衛生に「格差」があってはなりません。

労働組合には、メンタルヘルス不調の背景にある、働き方や職場環境の問題に目を向けてほしいですね。長時間労働を良しとする職場風土、過大なノルマや行きすぎた指導が、労働者の心身の健康に大きく影響していることは間違いありません。また、情報技術の進展などで職場のコミュニケーションが希薄になっている実態もあります。

もちろん企業活動においては、効率化をはかり収益を確保することが必要ですが、企業・組織を支えるのは「人」です。働く人のいのちと健康を守らずして企業の発展はない。そこを労使で共有して対策に取り組んでほしいと思います。

そして、中災防と連合は、労働災害を防止し働く人の生活と幸せを守るという共通の目的をもっています。今後もいっそう連携を強化していければと思います。

中央労働災害防止協会(中災防)企業の自主的な労働災害防止活動の促進を通じて、安全衛生の向上を図り、労働災害を撲滅することを目的に、1964年に設立。安全衛生意識高揚のための運動、企業の安全衛生スタッフの養成、専門家による技術支援、労働災害防止のための調査研究、安全衛生情報の提供、心身両面による健康・快適職場づくりの推進、安全衛生活動に役立つ図書(テキスト・解説書)の出版、ポスターなどの安全衛生用品の販売などを行っている。「全国安全週間」「全国労働衛生週間」を提唱するとともに、「ゼロ災」をめざして毎年「全国産業安全衛生大会」(1万人超規模)を開催。2016年は10月19〜21日に仙台市で予定している。ストレスチェック制度を解説した『いま、何をどうすべきかが分かる! 新しいストレスチェック制度』『ストレスチェックを受けよう!! ストレスチェックではじめる 心の健康セルフケア』も販売中。

中央労働災害防止協会理事長

1951年静岡県生まれ。1975年東京大学農学部を卒業し、日本鉱業株式会社(その後、新日鉱ホールディングス株式会社、現JXホールディングス株式会社)に入社。2001年、日鉱金属株式会社(現JX金属株式会社)執行役員。その後、取締役、常務、副社長を歴任。主に、総務、人事、広報、秘書、CSR推進、環境安全などコーポレート部門を担当。2016年7月1日より現職。

※こちらの記事は日本労働組合総連合会が企画・編集する「月刊連合 2016年10月号」に掲載された記事をWeb用に編集したものです。

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