航空券を買う度とか、携帯を使う度とか、保健をオンラインで買う時とか、車にガソリンを入れる時とか、もしその度に、私たちにとってはほんのちょっとしたことなのに、それが世界の最貧の人々にとってはものすごーく大きな違いをもたらすとしたら。私たちはただいつも通りにするだけ。寄付をしていると気づかないかもしれません。毎回ほんの少額だから。でも、それで世界の貧困を撲滅する大きな力になるとしたら。これはすでに起こりつつあることです。
おそらくは、医師としての思いやりと国際政治家としての頑固で現実的な見識という特異なコンビネーションが、フィリップ・ドスト=ブラジの現プロジェクトをこんなにも見事に開花させたのでしょう。ドスト=ブラジは循環器医師としての教育を受け、フランスのトゥールーズ大学で医学部教授を務めた後、活躍の舞台を政治の世界に移します。厚生大臣を二度(1993-95年、2004-05年)、文化大臣(1995-97年)、外務大臣(2005-07年)を歴任。現在は国連で革新的資金調達に関する事務総長特別顧問とユニットエイド理事長(ジュネーブ世界保健機関-WHO内にある保健イニシアティブ)を兼務しています。
ビル・クリントン元米大統領が「フランスから世界への贈り物」と形容したユニットエイドは、革新的資金調達に主財源をもとめる最初のイニシアティブです。革新的資金調達のコンセプトは、グローバリゼーションで主に利益を得る活動に対し、わずかな額を課税して資金を集めるというものです。2006年の創設以来ユニットエイドが集めた資金は20億ドルを超えますが、その主な部分はフランス発のすべてのフライトの航空券に1ユーロを課税して得たものです。
1ユーロは換算すれば1ポンド以下、または1.5ドルで、ほとんどの消費者にとっては航空券に加算されていても気付かないぐらいの額です。対して20億ドルはそうした≪極小さな≫個人個人の貢献からもたらされる驚きの大金です。革新的資金調達が有効だと実証されたわけですが、しかしこれはドスト=ブラジが言うように始まりにすぎません。つまりその他にも活用できるたくさんの元手があるのです。ドスト=ブラジには集めた資金で貧困、病、不利の根源に取り組む、目先の解決への資金投入ではない、鮮明なアイデアがあります。
日々発展を続ける世界、しかしますます増える貧困の報道などを目にして私たちは、じゃあ10ポンドをここに、20ポンドをここに、とそれが本当に効果があるかあまり気にしないで寄付して、問題の大きさを知った時に唖然としながらも何にもならないことに気付きます。そんな私たちは革新的資金調達のコンセプトは大歓迎のはずです。これは大っぴらな募金活動ではなく、私たちの多くが日々なんとなくしている多種多様な行動を利用するものです。そこに、もしかしたらびっくりするような地球規模のベネフィットが付加されるのです。
ところで: 世界の貧困に対してシンプルで実践的、痛みのない解決策は本当にあるのでしょうか?
■ ユニットエイドがいかにシンプルかつ簡単に資金を集めているか: たくさんの微小税が山と積もる
DB:「ユニットエイドは、今日なお年400万人以上の命を奪っているHIV/エイズ、結核、マラリアに対し、その薬の膨大な需要に対策を打つためブラジル、チリ、フランス、ノルウェー、イギリスの政府により2006年に設立されました。
フランスが航空券税を取り入れて、他に先駆けて行動を起こしました。額はエコノミーのチケット1枚につき1ユーロ、ファーストクラスに40ユーロです。対象はフランス国内発のすべての国のエアラインのすべての便です。この額ははじめから航空券に加算されています。わずかな額なので旅行者ひとりひとりにとってはまったく痛みのないもので、しかも集金は非常に効率的です。
2006年以来、常に旅のデスティネーションとして一番人気を保つフランスから多くの人々が離陸し、集まった額は他の国からの拠出も含め20億ドルを超えました。非常に重要なことは、フランスの航空業界自身も、この税は航空輸送にも旅行業界にもまったく負の影響を与えていない、と言っていることです。空港から飛び立つそれぞれの旅行者は、どの航空会社を使っても1ユーロ支払います。
航空会社間や国籍間に差別はありません。1ユーロというコーヒー1杯より安い金額は、200ユーロ、300ユーロ、1000ユーロといった航空券の料金と比べれば何でもありません。集められた資金はユニットエイドに拠出されHIV/エイズ、結核、マラリアと闘うためのイニシアティブに投資されます。
与える側にとってこんなに痛みのないもの、こんなに効率的に集められるもの、しかも世界のこんなにも多くの一番弱い人々の生活を変えるこんなにも大切な資金を集めることができるものに、どうして異議を唱えられるでしょう。」
■ 革新的資金調達はもっと活用できるアプローチ
DB:「革新的資金調達は『微少かつ痛みを伴わない』寄与で、過去10年から20年の経済グローバリゼーションから主に利益を得ている活動から徴収しようというものです。それらには航空運輸、貿易、テレコミュニケーション、金融セクター、資源採掘が含まれます。
この資金調達は、最も富める者と最も貧しい者、もっとも流動的な層の人と最も幸せじゃない人、最も繋がれた人々ともっとも孤立した人々の間の全世界的連帯の原則と一致しています。新しく予測しやすい、公平で持続可能な資金を集結し、それらを弱い立場にある人々の健康、教育、食糧、飲料水、衛生に割り当てる唯一の方法です。たくさんの活動がグローバリゼーションから利益を得ています。
そこから痛みを伴わない貢献としてほんの僅かをいただくというのはまったく理にかなっています。ユニットエイドはヘルスケアの財源を航空券から得る最初の実例ですが、他にもさまざまな可能性が考えられます。私は3か国のアフリカのトップと、1バレルの原油ごとに10セントを栄養失調対策のためユニットエイドに充てるという合意をしました。私たちの力でだれもがこれ以上貧しくはならないようにできるのです。大企業でもなく国や州のトップでもなく、ほんの少しの額で私たちが世界を変えられるのです。」
ユニットエイドはキャッシュをばらまくのではなく、市場レベルに作用して業界全体が弱い立場の人々の利益になるよう働きかけます
DB:「ユニットエイドが発足した際、三大伝染病の関連製品市場を改善できる方法があることがわかりました。余剰を世界の貧しい人々のためにシフトして、より適したより安い薬や関連製品を使ってもらえるようにする、というものです。
なぜ適切な製品が利用できないのか、それを妨げている障害がどこに存在するかを調べるため、ユニットエイドは最強の専門知識と市場インテリジェンスを集結させます。さまざまな市場のバリアを克服するために必要な専門知識をもつさまざまな機関に補助金を出し、もっとも必要としている人々が適切な製品をもっと使えるよう改善します。」
■ これはすでに始まっているイニシアティブです
DB:「例を挙げましょう。2006年、アフリカでは毎年HIVに感染して生まれる子供たちが何百万人もいますが、彼らのための薬はまったく存在しませんでした。わずか1万人ほどが何らかの投薬を受けていたのみで、まずくて服用量が多すぎる大人用の薬がケア従事者ができる精一杯でした。明けても暮れてもただ単に命をつなぐためだけに飲ませられる薬でした。
治療をしなければHIVと共に生まれた子供の50%は2才まで生きながらえません。そうした子供たちのほとんどは貧しい国に暮らしていて、企業にとっては彼らに相応しい薬を開発して生産する市場インセンティブはほとんどありません。もしあなたが大きな製薬会社の経営者だとして、西洋諸国に市場がなければ小児薬は開発しないでしょう。どこでどんなにたくさんの子供たちが生まれながらに感染しているかには思い至らないでしょう。
ユニットエイドは子供たち用の服用量で薬を作るよう製薬会社に介入し補助金を出しました。その後ジェネリックメーカーが市場参入し、値段は80%も下がりました。今日、ユニットエイドのこうした働きの結果、HIVと共に生きる70万人の子供たちが治療を受けています。
さらに現在、ユニットエイドは新生児と乳幼児に相応しい薬を開発するため、小児HIV医薬品市場に追加投資をしています。ユニットエイドはターゲットとする3つの病気すべてに大きな影響を及ぼしてきました。たとえば3億5000治療以上の最良質のマラリア治療薬の配布を確保しました。
HIVについては800万人以上の妊婦検査と150万人の新生児検査を実施。さまざまなHIVや結核関連の医薬品価格を60%から80%下げました。こうした達成例は始まりに過ぎません。ユニットエイドは未来を変える最初の一歩なのです。」
■ ビジネス、政治、消費の各セクターを組み合わせていかに皆のための解決策をみつけるかが重要
DB:「前出の例から、医薬も他と同様、ビジネスだとお分かり頂けたと思います。ビジネスマンはお金を稼ぐため仕事を作ります。政治家の仕事は貧しい人々を助けて地球規模での連帯原理を守ることです。それによって世界中に公共財をもたらします。私たちは世界市民であり、私たちは共に生きるべきで、何も持たない十億の人々を無視することはできません。
医師である私には人々が苦しんでいることがわかります。Forbesや他の新聞などを読む誰にとってもこれは関心事であるべきで、全世界の世論は大いに活用すべきです。ユニットエイドは非常に小さな貢献で何ができるか証明しました。絶望の中でどんな小さな助けでも必要としている人々の生活を変えることができるのです。こうしたやり方に異議を唱える余地はありません。ありがたいことに今後何を成し遂げどのような道筋をたどるべきかますます現実味を増してきています。」
■ 一時的に苦痛を和らげることではなく、先を見据えた解決が大切
DB:「10億の人々が一日1.5ドル以下で生活し、40億人が一日8ドル以下の収入です。この状態を放置するわけにはいきません。何も持っていない人には、世界共通の公益、つまり生きるための基本である水、食料、健康、教育、衛生が与えられるべきです。世界市民である私たちの義務は尊厳です。しかし、私は単なる経済的援助には反対です。毎日皿に盛られた魚を提供するよりは、漁を教える方を好みます。貧困と戦うには経済活動の成長と仕事に勝るものはありません。これも達成可能です。
途上国の例えばカメルーンではどうでしょう。カメルーンでは、GDPの成長率は、恐らく4.5%です。もしカメルーンで公衆衛生が向上し、子供たちに教育、きれいな飲み水、衛生などの世界的公共財が行きわたったら、そこから労働者、教師、看護師などが誕生するでしょう。つまりカメルーンではGDPの成長を何倍にもできる可能性があります。数年後にはたくさんの人々が自転車、テレビ、パソコン、車を買えるようになるのです。これは人道主義だけではなく、経済観念にもかかわるものです。
■ 結局は地球規模の安定が大事
DB:「アフリカのサブサハラで生まれた子供はアメリカやヨーロッパで生まれた子供に比べ、5才になる前に死ぬ危険性が13倍にもなります。この不公平を私は受け入れられません。世界の富裕と貧困の間にある大きなギャップが世界平和を脅かす主たる原因です。
ブラジルの元大統領ルーラが10年前私に『本当の原爆は飢えだ』と言ったことがあります。彼は正しい。そこにこそ真実があります。多くの人々が今にも倒れそうです。3秒ごとに一人の子供が、肺炎、結核、マラリア、エイズ、そして下痢といった、防げるまたは治せる病で死んでいきます。
飢えで死ぬ人が6秒に一人。毎日5000人以上が飲み水のせいで死んでいます。毎年50万人の女性が妊娠中または出産時に合併症で死んでいます。貧しい人々はまとまった数で命を落としています。この恥ずべき状況は長い間つづいています。しかし本当の罪は、私たちが相対的に簡単で痛みのない方法で状況を変える力を持っているにもかかわらず、これをまだきちんと十分なレベルで行っていないことです。このことは健康とか教育といった人道的関心事についてのみではないのです。政治についてもしかり。世界で戦争を避けること、世界の平和を守ることが大切なのです。」
ジャーナリスト : Hester Lacey