【赤ちゃんにやさしい国へ】お母さんはメディアになり、赤ちゃんは先生になる〜赤ちゃん先生プロジェクト〜

このブログはメディアやコンテンツの未来を考えるのが主旨。その一環として社会的なメッセージをビジュアル付きで記事にする試みをやってきた。1月23日にそのひとつとして書いた「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」と題した記事がすごい勢いでシェアされて転載先のハフィントンポストでいいね!数が15万を超えて面食らった。いろんな反応をメールでも届いた。

いろんな反応をメールでも届いた。自分も子育てで冷たい視線を浴びてつらかった、という賛同共感のメールがほとんどで、辛辣な批判をこってり書き連ねたものもいくつかあった。

そんな中に、子育て関係のNPO活動を紹介するメールもあった。福岡の女性からで、その方も参加しているとのこと。本部は神戸だが、いまや全国に広がっているという。そのNPOの活動は、ぼくが記事で問いかけたこととすごく近いのだそうだ。

正直言って、最初は「えー?NPOって言われてもなあ」と戸惑った。ただでさえたくさんメールが来た中でNPOの活動を知ってもどうしたものか。子育ての専門家でもないし、ふと考えたことのひとつとして赤ちゃん論争を題材にしただけなわけで。これ以上このテーマを追うつもりはなかったし。

ただ、ママさんたちのけっこう深刻なメールや、Twitterでも寄せられる感激メッセージを見ていると、なんだか責任めいた気持ちが湧いてきた。「何十年も前から少子化が問題視されていたのに何をやっていたのか、ぼくたちは。」そんなことまで書いておいて、「何をやるべきか」を考えないわけにはいかない気がしてきたのだ。

福岡の女性からのメールに書かれていたURLを見ると「赤ちゃん先生プロジェクト」とある。見ていくうちに、なんだか面白そうなにおいを感じた。各地で講習などが行われるのだが、東京でも近々あるのがわかった。うん、ちょっと、見学してみようかな。

メールの女性にお願いしたら、理事長の方に話を通してくれた。ご本人とも連絡がとれて、先週、2月7日に「赤ちゃん先生プロジェクト」の活動を取材というかなんというか、見に行ったのだった。

銀座にある企業の会議室を借りて講習が行われているという。ビルに着いて連絡したら、赤ちゃんを抱っこした女性が現れた。理事長の恵夕喜子さんだった。

NPOの理事長の女性、ということで勝手にイメージしていたいかにも"社会活動家"な気負った感じはまったくない。ニコニコ笑うほがらかな理事長、恵さんに講習の場に案内してもらった。トレーナー役の女性と、そのサポート役らしい女性、そして講習を聞くママさんたち。それぞれ赤ちゃんを抱っこしている。ぼくが来る前に例のブログを皆さんで読んでくれていたそうだ。いやー、光栄です。

講習はそれなりの緊張感がありつつ、途中で赤ちゃんがぐずって泣いたり、なんというかママさんたちが普段着で参加している様子だった。

講習の場からロビーに移り、恵さんのお話をうかがった。

神戸でコンサルタントの仕事をしながら、NPOでの活動を始めた恵さん。赤ちゃんを生んだばかりのママさんたちが社会との接点を得るにはどうしたら、という思いがはじまりだったそうだ。

女性は就職して生き生き働いていても、子供ができると突然社会との接点を失う。そして孤独になる。自信をなくしたりもする。そんなママさんたちはどうすればいいのか。

そんな思いから「赤ちゃん先生プロジェクト」が生まれた。大きく3つのプログラムがある。

1つめは小中学生向け。ママさんたちが赤ちゃんを連れて学校を訪問。子供たちに赤ちゃんとふれあってもらう。赤ちゃんが先生で、ママたちは講師、という位置づけだ。

小学生が赤ちゃんにふれると、いろいろなことを学ぶという。ママのおなかの中にいた時のエコー写真を見せたり、赤ちゃんと自分を比べたりすることで、小さな命のいたいけさ、大切さを感じ取っていく。

2つめは大学生向けのプログラム。学生たちに、赤ちゃんをベビーカーに乗せて外に連れて行ってもらう。階段などでママさんたちがどれだけ大変な思いをしているか、身体で理解する。赤ちゃんを抱っこすることでかわいらしさを体感する。ママさんたちからキャリアと子育ての両立の難しさを聞かされることで、男女ともに学生たちが自分の将来を考える。

3つめは高齢者の施設の訪問だ。お年寄りが赤ちゃんと接することで、生き生きしてくる。心も身体も活性されて、見る見る元気になっていく。また、ママさんたちに人生の先輩としてのアドバイスもしてくれる。

この3つのプログラムは、少し前までは地縁血縁のコミュニティの中で自然に行われていたことだ。そして、コミュニティにとって赤ちゃんがどれだけ潤滑油となっていたか、その証しでもあるだろう。赤ちゃん先生プロジェクトは、都市化、核家族化で失われたつながりを補うものだと言える。

この活動で重要なのは、これらのプログラムが"ビジネス"になっていることだ。ビジネスと言っても全体としても大きな金額ではなく、講師として参加したママさんたちが受け取るのは数千円といったところらしい。でも子供たちやお年寄りに役に立つ活動に参加し、「報酬を受け取る」ことに意義がある。自分が社会の一部であることを実感できるのだ。赤ちゃんができて急にキャリアから離れ、へたをすると孤立しかねないママさんと社会との接点を提供している。そこがこの活動の最大のポイントだ。

ビジネス運営を支えるのが、スポンサー。積極的にスポンサーを募る。営業活動もする。そのセールスの大きな武器になるのが、ママたちのネットワークだ。ベビー用品などママたちがターゲットとなる商品の場合、ママさんがそのよさを理解すれば強力な口コミマシンになる。イベント会場などでママさんがプロモーターとなって同じ赤ちゃんを連れたママさんに話しかける。会話も弾んで口コミがどんどん広がるのだ。

ママたちは一種のメディアだ。いま急速に主婦層でのスマートフォン普及が拡大している。彼女たちの口コミネットワークがいままでにもましてパワフルになっているのだ。このネットワークの利用料を、スポンサーが支払う、ということかもしれない。このSNSは、絶大な力を持つソーシャルメディアマーケティング装置なのだ。

「赤ちゃんにきびしい国で」の記事が15万いいね!になった理由がわかった気がした。ママたちのネットワークは強力な伝搬力を持っているのだ。企業で働く人びとが形成する、仕事を軸にしたネットワークは、業界の壁を簡単には越えないだろう。でもママたちはママ同士のネットワークを日本中の広がりで持っていて、伝わりはじめるとすごいスピードで伝わる。ここには何かのヒントがあるのではないかな。

もうひとつ、この活動がユニークで興味深いのは、その"ゆるさ"だ。恵さんには気負いがない。お話をうかがっていても、自分がリーダーである活動について語っている感じがしない。どこかの誰かがやっててその人たちがうまくやっている活動、といった感じ。変な言い方だが、他人事のように語るのだ。

全国に広がっているのに、人まかせなのだ。「みんなが頑張ってうまくやってくれるんですよ」そんな姿勢。

だがよくよく話を聞くと、その方がうまくいくことを恵さんはよーくわかっていて、またうまくいくための仕組みを張り巡らしている。コンサルタント時代には女性の組織をうまく運営するためのアドバイスを主にやっていたそうで、そのノウハウを駆使しているのだろう。

全国に広げる際、あらかじめママたちのネットワークを持っている人を探し出して託していったそうだ。またそういう人ほどモチベーションを持ってくれるというのもあるらしい。そういう、ハブとなる人たちを核にすることで気持ちが伝わりやすくなる。

プログラムはあらかじめ練り込まれている。それを呑み込んでくれさえすれば、大きなぶれは出てこない。だから理解してくれたなあと思ったら、あとは任せてしまうのだそうだ。

話していくと、恵さんは実に不思議なキャラクターだと感じる。一見ぽわーんとしている。ゆるさを漂わせているのだけど、でもちゃんと計算はしている。戦略は張り巡らしている。いちばん最初にはきっと、緻密に設計図を描いてそれを丁寧に形にするのだけど、動きはじめたらのんびりと見守っている。あとはみんなでうまくやってね、やりたいようにやってね。そんな姿勢の様子だ。

ママさん講師は全国に500名以上いるそうだ。そんな大きな組織を運営するなら普通は創始者がしゃかりきになって各現場を叱咤激励して動かすものだ。でも恵さんは、そういうやり方より、個々人の自発性に託した方がうまくいくと知っているのだ。だから自発性を促すような手法を編み出しているようだ。この手法は、他のことにも応用できるのではないか。

たった2時間弱の取材だったが大いに啓発された。まだ書くべきことはあるのだけど、第一回はこれくらいにしようかな。

最後にひとつ書いておきたいのは、世の中は変えられる、ということだ。例えば今回の都知事選挙にがっかりしている人も多いだろう。でも、世の中を変える手段は政治だけではないのだ。赤ちゃんプロジェクトがそうであるように、問題を解決する手法を見いだせさえすれば、仲間を集めて動けばいい。策を見つけられたら動けばいいのだ。

ところでこの記事、タイトルに【赤ちゃんにやさしい国へ】とつけている。これをサブタイトルに、「赤ちゃんにきびしい国」への答えを模索する記事を書いていこうと思う。こうなったら"乗りかかった船"に乗ってしまおう。また別の取材もやっていくつもりだ。何か面白い情報あったらコメント欄やメール、ください。・・・しかし「クリエイティブビジネス論」というブログタイトルとの整合性はどうしよう・・・。

コミュニケーションディレクター/メディアコンサルタント

境 治

sakaiosamu62@gmail.com

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