プレジデントウーマンオンラインで「みんなで子育てできる町へ」という連載を書いている。
目黒区の都立大駅近くに開設予定だった保育園に反対運動が起こった一件を追った記事だ。保育園の事業者、目黒区の担当者、反対運動の中心人物といった関係者に取材してわかったこと、感じたことを書いている。
続きはまだまだ追っていくつもりだ。そうこうしているうちに、目黒区で別の保育園開園にも反対運動が起こっていると報じられた。
こうして次々に反対運動が起こると、目黒区にはもはや新しい保育園はつくれないんじゃないかと疑いたくなる。そこまでではないにしても、保育園増設についての難しさ、ハードルの高さを考えてしまう。
目黒区の件を離れて、取材から感じたことをここで書いておこうと思う。
なぜ、保育園ができると聞くと反対する声が出てくるのだろう。どうやら、保育園についての偏った見方があるようだ。
前にも書いたが、そもそも母親が働くことを蔑んで見ていた時代があった。
母親は家にいて子どもの面倒をみるのが普通で、働かねばならない母親は貧しいのだと見られていた。その感覚はいまも一部の人びとから抜け切っていないのだと思う。「専業主婦が当たり前とする文化」とでも呼ぶべき文化があって、その中で生きてきた人びとには「本来は母親が働くのはよくない」と感じるDNAめいたものが漂っているのだ。
保育園開設への反対理由の多くは、「子どもたちの声がうるさい」「送り迎えの母親たちが入口にたまっておしゃべりするからうるさい」などといった"騒音"を問題にするものだ。これはまったく偏見だ。
私もいくつか保育園を取材したが、子どもたちの声は思ったほど外に聞こえてこない。園側が気をつかっているのもあるし、二重サッシなどで対策が施されてもいる。それにそもそも、子どもたちの声は気になるものではないのだ。
私の自宅は向かい側に公園があり、近くの保育園からよく子どもたちが連れて来られる。何かに集中していると、来ていることに気づかない。窓を閉めているとそれだけであまり聞こえないのだ。音楽をかけたりテレビをつけたりすると、室内ではほとんどかき消される、その程度の音量だ。
送り迎えの親がたまる、というのも実際にはほとんど起こらない。朝連れて来るのは実は父親のほうが多いくらいなのだが、すぐに出勤しなければならないのでたまったりおしゃべりしたりする余裕はない。お迎えの時間は人それぞれだしやはりすぐに帰宅するのでおしゃべりなんかしない。
保育園に反対する理由はほとんど、イメージから出てきたものなのだ。
そのイメージの出所は、母親が働くことへの蔑みだ。ある意味、階層的に人をとらえてしまっており、働かねばならない母親は下層にいるのだという、なんとも前時代的な感覚がその底にある。反対をいう人たちは、自分の心の奥底に何があるかをよく見つめたほうがいいだろう。働く母親を蔑む心をこそ、蔑むべきなのだ。
そして、反対する人びとは、十年後に近隣がどうなっているかを想像したほうがいい。いま、若い夫婦の家庭は、階層がどうとかではなくほぼすべてが保育園を必要としている家庭だと言っていい。子どもができても大半の母親は仕事を続けようとし、保育園を探すことになる。
ところがせっかく近くに保育園ができると聞いたのに、反対運動が起こっている。あっちも延期になったと思ったら、そっちも反対運動が起きた。これはこの自治体では無理なのだな。待機児童が何百人もいるのに新しい保育園は反対される。ここでの子育ては諦めるしかない。大変だけど、この機に引っ越そう。
実は、ほんとうに引っ越してしまった女性に先日お会いした。反対運動が起きたから、という単純な話ではないが、長年住んできた区が保育園についてあまりに後手後手なので諦めてマンションも売りに出して別の市に引っ越したのだという。
少なくとも、保育園に反対運動を起こす町には、つまり保育園が新しくできないし育児に冷たくしそうな町には、若い夫婦がいつかないだろう。
郊外のニュータウンが老人だらけになって困り果てた話はよくあるが、そうじゃなくても保育園を拒んでいると老人だらけの町になってしまうかもしれない。すると、寂寞とした町になり地価も下がりかねない。
そういう想像を、反対運動の人たちはしてみたほうがいい。十年後、自分はいくつになっていて、お隣さんやお向かいさんは何歳になってるか。老人だらけの寂しい町になってしまった時はじめて、子どもたちの声が宝物だったことに気づくのかもしれない。そうなる前に、考えを変えてみたほうが絶対にいいと思う。
プレジデントウーマンオンラインでの連載は、しばらく保育園の反対運動を取材していくつもりだ。何か情報などあったらぜひ教えてください。
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コピーライター/メディアコンサルタント
境 治
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