【赤ちゃんにやさしい国へ】のシリーズタイトルで取材を始めた最初の頃、育児関係の活動を取材する中で、二人のお母さんに話を聞いて記事にしたことがある。
ブログを読んだ方からメールをもらった中で、お会いして話を聞いてみたい二人のお母さんに取材した記事だ。特別な活動についての話ではなかったにも関わらず、大きな反響をもらった。ハフィントンポストでは6000を超える「いいね!」を得た。
それはどうやら、以下の部分が共感を得たからのようだ。
言い方は少しずつ違うのだが、子供ができるよりずっと前に、部下もしくは後輩が仕事上の大事な局面で「子供が熱を出しているので帰らせてください」と言ってきた。その時、帰宅を承諾しながら「この人はこれまでの人だったのね」と"その時は"思った。つまり大事な仕事よりも子育てを優先させたことを、当時はさげすんでしまっていた。
二人ともそれぞれ、その時のことを恥ずかしいことだった、間違っていた、と語っていた。母親になり、子供に愛情を注ぎながら育てることの大変さ素晴らしさを理解しているいまは、強く後悔しているのだと言う。
能力ある女性ほど仕事を通じた自己実現に精力を注ぐ。仕事で認められ後輩を指導する立場になると、いつしか育児を低く見てしまうのだ。それは、日本のビジネス社会が女性に男の価値観を無意識的に強いているからだろう。キャリアを積んだあとで結婚し、子供ができると初めて、育児の大変さと素晴らしさに同時に気づくのだ。
いまの女性のそういう状況に気づかせてくれた二人のうちの一人、川本聖子さんが連絡をくれた。実は前に取材した時、本業とは別にお母さんたちのためのサービスを起ち上げようとしていると言っていた。それが形になったらぜひまた取材したいとお願いしていたのだ。
川本さんが、一緒にそのサービスに取組んでいる福場梨紗さんとともに遊びに来てくれた。
川本さんと福場さんは中学高校の同級生で、大学と最初の就職先では離れたが、お互い転職した会社でまた合流したという。無二の親友であり、ともに歩んできた仲間だ。
前々から二人で事業に取組んでみたいと話していて、何をテーマにするかいろいろ相談していた。二人の関係は役割分担ができているようで、川本さんが興味を持ったテーマを見つけて「こんなことができないか」と持ちかけると、福場さんが受け止めて「こうすればこうなるかも」と具体策を見いだす、ということらしい。ボケとツッコミというか、デコとボコというか、二人でひとつ、といういい関係のようだ。よく言われるが、うまくいく事業は実はコンビで起ち上げた例が多い。補完関係ができているお二人は、話を聞いていても楽しかった。
さて二人がはじめたのはmamamedi(ママメディ)という名称で、名前からわかる通り赤ちゃんを持つ母親向けのサービス事業だ。いろいろテーマを探した末、川本さんの妊娠出産が契機となってこのテーマにたどり着いた。自分の経験から、現代の出産がいかに大変か、核家族で赤ちゃんを育てることがどれだけ苦労を伴うか思い知り、それを軽減するサービスができないかと考えたわけだ。
mamamediは多様なサービスを構想として持っている。スマートフォン用のアプリ、マッチングサービスのサイト、といったITサービスだけでなくリアルな学びの場を母親たちに提供することもプランに入っている。
川本さんが自分の体験として感じた、核家族の母親が孤立しがちな状況を、ITも活用しながらコミュニティを形成することで解決する。それがmamamediの事業理念だ。育児はひとりで背負うにはあまりにも心と身体に負担がかかる。だから、その手助けとなるような、そして互いに助け合えるようなコミュニティを提供していきたいという。
大きな構想の最初の一歩として、アプリを制作してリリースした。「妊婦メモ&カレンダー」の名称でAppStoreでダウンロードできる。妊娠した当初から使えるツールで、出産までのプロセスの中でその時々で必要なことがわかったり、記録していったりができるアプリだ。
このアプリを皮切りに、いくつか準備中だという。その後には、マッチングサイトの起ち上げや母親向けの学習事業にも少しずつ広げていきたいとのこと。とは言え、それぞれ本業を持ちながらの、半ば社会貢献的活動なのでなかなか大変だろう。でも少しずつでも前へ進んでいって欲しいと思う。
さて彼女たちの話の面白さの余韻に浸る中、ふと気づいたことがある。mamamediはリアルまで含めた妊産婦向けサービスをめざしているわけだが、やはり中心になるのはモバイルサービスであり、最初に出したのもスマートフォン向けアプリだった。核はITであり、スマートフォンなのだ。スマートフォンを武器に、母親たちを窮屈な子育てから解放しようとしている、と言える。
彼女たちの事業に限らず、いまスマートフォンが母親たちを自由にしはじめているのではないだろうか。そしてそこには、子育てにまつわる問題を大きく解決に導く力が働こうとしているのではないか。そんなことを思った。
スマートフォンは、PCが持っていた高機能性を、携帯電話が持っていた簡便性の中に持ってきたようなところがある。PCはワークステーションとも呼ばれたように本来は仕事用であり、どこか小難しさを漂わせていた。スマートフォンは、あるいはタブレットは、PCの代替品というより次元の違うデバイスなのだと思う。PCがワークステーションなら、スマートデバイスはライフステーションなのだ。
スマートデバイスはぼくたちの仕事ではなく生活を変えるツールなのだ。
そんなスマートフォンを、いまお母さんたちが持ちはじめた。"お母さん"はITとかけ離れた人種だったはずだ。でも気がつけば、デジタルを使いこなす世代がもうお母さんになっている。そしてガラケーばかり使っていたお母さんがスマートフォンに持ち替えはじめた。あるいはスマートフォンを仕事に使っていた女性たちが出産してお母さんになっていっている。
スマートフォンで生活を便利にする方法を、彼女たちは知っている。そしてソーシャルメディアで彼女たちはつながっている。
「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」のブログ記事にとんでもない数の「いいね!」がついたのは、そういう時代の流れみたいなものにあの記事がうまいこと乗っかったのだ。スマートフォンを手にソーシャルメディアでつながっているママたちのネットワークに記事が乗せられ、またたくまに伝わっていったのだった。
その伝搬力は、ある時はベビーカーについての男性ライターの記事への怒りを増幅したり、都議会での下世話な野次の主をきびしく糾弾したりもする。逆に育児に便利なツールをあっという間に広めたり、子連れでも楽しめる施設やスペースがどんどん知られたりもしているのだろう。
ふと気づくと、このところ育児にまつわる話題や記事が増えている。ワーキングマザーの悩みも共有されるようになってきた。そして何が問題かがはっきりしてきたり、よりよい方向づけが行われたりしはじめている。自分がこういう問題に敏感になったからかとも思ったが、どうやら客観的に見てそうらしい。だとしたら、スマートフォンが情報伝搬をスピードアップし、解決策がソーシャル上の集合知によって見いだされようとしているのだ。
スマートフォンは母親たちを解放し、育児にまつわる問題を解決へ促している。あるいは、2010年代の母親たちは、スマートフォンを片手により良い方向へ向かってしなやかに歩きはじめている。
ネット上での不快な炎上があったり、マスメディアで見たくもないセクハラ事件を見てしまったりしながら、そうした問題のひとつひとつが積み重なって、今までにない形で問題提議がなされているのだ。スマートフォンとソーシャルメディアはそんな中でぼくたちを、解決へと誘っているのだと思う。
あとで思い返すと、あの2010年代半ばがよいターニングポイントだったんだね。そうなるんじゃないか。そうなるといいなと思う。
※「赤ちゃんにきびしい国で、赤ちゃんが増えるはずがない」を、無謀にも書籍にします。2014年12月発売予定。
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コピーライター/メディアコンサルタント
境 治
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